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夕 凪 大 地

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「葬」

「墓」のライル版です。

これはパラレルだって割り切ると案外できちゃうものなのね!
↑私はやっぱり兄さんの生存にこだわりたいので、兄さん死亡確定な世界はパラレルワールドです。(言い切った)


そういえばこれ、一応こんな位置づけでございます。

1、ティエ死亡→兄ティエルート
2、ティエ生存→兄ティエルート
3、ティエ中途半端にインヴェーダ→兄ティエルート

4、ティエ生存・兄死亡→この文章

ほら、結局どう転ぼうと兄ティエだよ!!(笑)




 兄さんの墓前にすべて終わったと報告したい。そんな誘いを突然受けて、迷わなかったといえば嘘になるがそれでもほとんど即決で、俺はティエリアとアイルランドに足を向けた。
 各地はまだ混乱している。連邦軍がそこかしこに駐留し、市民は一様に肩を窄めて歩いている。だがそれもあと少しだろう。世界は今、分かり合おうと動いているのだ。
 俺は何を報告しようか。俺が差した傘に入るティエリアの紫紺に揺れる頭髪を見ながら、地上でもさらさら靡くんだなぁなどとくだらないことばかり考えている。だから兄さんの墓に言うべきことがさっきから一向にまとまらない。
「……一人にして、くれないか。少しでいい」
 兄さんの墓が見えてきたところで、ティエリアがぽつりと呟いた。聞き入れてもらえない懇願であることを察しているような声でありながら言葉の端々に有無を言わせぬ響きがあって、俺は地面に足を縫い付けられてしまう。一人になんてできるはずねぇだろ。ティエリアが一人で兄さんと向き合うだなんて。だがティエリアは振り返りもせず、つまり俺の返事になんか頓着しないのがよく分かる態度で、すたすたと歩いていってしまった。あ、傘は。一本しかないってのに。
 ティエリアは墓の前へ佇んだ。道すがら適当に買ったカサブランカの花束を、芝生へ膝を突いて供えた。十字架を仰ぐ。ブラックスーツが濡れちまう。違った、ティエリアが濡れちまう。俺は自分だけ傘を差し、今さら畳むこともティエリアへ渡すことももちろん翳してやることもできず、ティエリアの小さい横顔を遠くから見ているだけだった。目鼻ははっきり窺えるけれど声は張り上げなければ届かないくらいの距離である。
 墓銘を指でなぞるティエリア。けぶるように降る小雨がそのなで肩をより華奢に見せて、俺は今すぐぎゅうぎゅうに抱きついてあっためてやりてぇと本気で思った。兄さんだってそう思うだろ。あんな無防備で哀しそうなティエリア、これからどうやって生きてくつもりか何にも考えてなさそうなティエリア。ティエリアは唇を薄く開いて少しだけ顎を上向ける。
 人影が見えたのは、その時だった。
 ティエリアの細い肩を白い人影がそうっと抱いた。人影は十字架へ重なるように映っている。だから人じゃない。実体がない。
 あれは俺にしか見えていないのか。近く、といってもそれなりの距離で、墓参りをしている家族連れや老人らの誰もがあの人影に気付いていない。そもそも墓場の最端にある兄さんの墓は景色に埋もれて目立たないが、白い人影はロンドンの霧よりもっと濃いのだ。そこにあるのが不自然なほど。
 人影にだんだん色が付いてきた。俺と同じ栗色の髪、フェイクファーのついたベスト、――右目を覆う黒い眼帯が白みがかって浮かび上がる。
「……ニー……ル……」
 ティエリアの口がそう動いたようだった。人影は優しく紫紺の濡れた頭を抱えた。ティエリアの頬をするりと一粒、雨によく似た雫が落ちる。カサブランカへ当たって散り散りに砕け、だが本当は、影が親指で拭い取っていたのを俺だけが知っていた。
 兄さんはティエリアを抱き締める。ああ、覚えがある。俺が選択せざるを得なかった表情だ。好きすぎてたまらなくて切ないとあんな顔になる。兄さんのそれは鏡に映る俺の顔よりはるかに苦渋に満ちているけど。
 うすぼんやりと十字架に重なる兄さんは必死でティエリアを雨から守ろうと抱いていた。温めようとしているのだろう。けれど兄さんにはできない。だってあの人はもう死んでいる。俺を置いて、ティエリアも置いて、あの人は家族の仇も討ち切れず無念のうちに宇宙で死んだ。俺の未来のために戦っていたということを俺は信じられなかったから、そうやって斜に構えた見方をすることしかできない。俺はティエリアが好きだけれど、本当はずっと昔からずっと背中を追っていたのだ。好きだった。愛していたんだ、家族の愛じゃない嫉妬にまみれた愛し方で。
 人影がちらりと俺を見た、気がした。立ちすくむ俺へふっと笑いかけ、持ち上げた片手を銃の形に。
 ――兄さん!
 俺は墓へ駆け寄った。ティエリアが、閉じていた瞼を名残惜しげにゆっくり開いた。芝生に手を突き、踵を上げて、雨と泥とで汚れた膝をすっと伸ばす。立ち上がる。眼鏡を外すとブラックスーツの胸ポケットへ差し入れる。
 ニール、と別れを告げたティエリアの痛みに濡れた声色で、俺は一生どちらにも勝てないことを悟った。


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