これは昨年の頭。
これ何だっけ、多分生クリーム使ったえろの事後を書くとかそういうやつだったと思います。
王ロイです。
石鹸を、ロイの頭上で思いきりよく泡立てる。毛先のべっとりしたところは後回しにして、耳の横とか、前髪の際とか。取れやすそうな部位から順にたくさんの泡を擦りつける。
自分と同じくらい長い髪に辟易しつつ、カノンは勢いに任せてロイの頭を掻き回した。正面に座るロイは何だか気持ちよさそうだ。
「――似てるかも」
「はァ?」
カノンは思わず独白する。深夜というより早朝に近いこの時間、他に入浴する者はない。だからカノンの声は広い空間を縦横無尽に走り回ってこだまのように跳ね返り、浴場の隅へロイと向かい合って座る己が耳へと帰還してきた。呆れたロイの聞き返しもぼわんと一緒くたに反響する。
湯気で四方とも見えにくい。視界は常に靄がかったようにぼけている。ついでに声も幾つかに重なって聞こえるため、カノンはまるで自分自身に相槌を打たれた気になった。
「クリームまみれのロイもすっごくかわいかったんだけど、泡まみれのロイって、ほらあれ、羊に似てない? 似てるよね?」
「知るか!」
つうかヒツジって何だ、とがなるロイの頭髪をカノンは両手でこねくり回す。クリームを石鹸の泡へ混ぜこむ。ぬるぬるした感触が消えるまで何度も泡を追加する。けっこう手間のかかる作業だ。
初めはクリームの油分にあっけなく潰されていた泡の、優勢になりついにクリームへ勝るころ、ロイの綺麗な茶色い髪はほとんど見えなくなっていた。泡で真っ白。羊のように。
「わ、かわいいかも」
クリームの取れたことがわかると途端に遊んでみたくなる。カノンの感性が幼いせいか。あるいはロイの前でだけ必要以上に心を許すからかもしれない。
毛先にたっぷり溜まった泡をロイのこめかみから頭頂部まで、集めて丸く形作った。大きな毛糸の帽子を被っているみたい。ロイらしくないまろやかな印象にカノンは不思議な充実を覚える。
「かーわーいー。図鑑で見た羊よりずっと!」
「だから、ごちゃごちゃ言われてもわかんねって。鏡持ってこい鏡」
「生クリームだともっと色っぽかったんだよ。今は、えっと、せ、清純? 天使?」
「……バカノン」
「つなげてゆったー!」
ロイがはんなり微笑した。最近見られる和やかな笑みだ。立場が逆だとあんぐりするくらい、ロイはひどく大人びた仕草をすることがある。まるで包容するような。それはたいていカノンが自分でも自覚できるほど子供っぽい言動をしているときで、気づくとかなり恥ずかしい。いつもの自分が背伸びをしているとは思わないし、むしろ、大人たちに囲まれてふさわしくあるのこそ王子カノンとして常の状態だ。つまり、ロイがいるときだけ、カノンはちょっと子供に戻りたいのだと思う。きっと。
だからロイの浮かべる表情にカノンは思わず動作を止めた。
「あぁ、そういや鏡代わりがあンじゃねぇかよ」
けれどにやりと際どく笑んだらやっぱりロイは山賊上がりのお子様になる。止める間もなく山と盛られた泡のかたまりを頭から両手で掬ってしまった。そしてカノンのこめかみ辺りへおもむろに押しつけてくる。カノンと比べて実に手際よく、左耳からぐるりと頭のてっぺんを通って右耳まで、お返しのようにカノンは泡で覆われた。
「……ロ、ロイ?」
遅まきながら、我に返ってカノンはぱちんと目を瞬いた。だがもちろん手遅れだ。さらに追加した石鹸を手のひらで泡立てながら、ロイは眉間へ皺を寄せている。
「生クリームのせいであんまりアワ立たねぇな……つか、いいか? 見たかんじすげぇ白髪のアフロみたいでかわいいどころかけっこうブサイクだぜ」
「羊はそんな感じなの」
「ヒツジって動物だよな?」
「うん、交易品の毛織物の素材」
「って生きてねぇじゃん!」
「生きてる羊の毛を刈って作るの!」
「うげー」
舌を出して苦い顔を見せながら、ロイはカノンの頭で泡を掻き混ぜた。先のロイと同じように形作られたのだろう泡がカノンの長い銀糸へ広がる。ついでにカノンの髪を洗ってくれるつもりらしい。ロイの指が頭皮を滑り、多少荒く頭を捏ねて、どこかに付き纏っていた甘い匂いがようやく消えていった気がする。強めの刺激が心地よく思え、カノンはゆるく瞳を細めた。
多分この後収拾がつかなくなって悩んで放置してたんだと思います…。
もうすでに1年前の自分が何を考えていたか思い出せない。
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