このシリーズ、1を書いたときは100パーギャグのつもりだったんですけどねぇ。
鎌バトルにしてたらギャグのまんまだったんだろうか(笑)
そう得意でない(じゃあ何が得意って聞かれると困ります)シリアスかつスピードのある展開なので、自分でもいろいろと気に入らないとこがありますが。
ゆるーい気持ちで書いてるのでその辺りご勘弁くださいますと嬉しいです。
でも相変わらず変なとこ神経質な私、このシリーズの舞台は1で適当に書いた坊ルクな郵便番号より新宿区(多分高田馬場あたり)になってます。
もちろん行ったことないからネットで地図とにらめっこしつつウィキで神田川調べつつ。
でも結局行ったことないから姫島あたりを想像して書…ってそれ調べた意味ねぇ…。
そろそろラストが見えてきました。
あと2話程度の予定です。
すべてはたった三秒で起こった。
俺はビルから飛び降りた。景色はゆっくり上方へ流れ、音は聞こえず、地面のどんどん足元へ迫る様がコマ送りで見るフィルムのように静止画の連続として知覚される。内臓が浮いてぞわぞわする。すべてが緩やかに感じられるのに身動き一つすることができない。瞬間異動で屋上へ連れ出されたため靴を履いていない――ことに落ちながら気付いた――白ソックスの足の裏が、今にもアスファルトへ触れそうになる。
運命、の時計が鐘を打つ音を、俺は寸前で確かに聞いた。
「アスフェル!」
死を覚悟した、その時だった。鐘の余韻を切り裂いて強い叫びが隣で上がった。肩から肩へ腕を回され、ぎゅっと思い切りしがみ付かれる。黒衣に金茶の髪が舞う。
反転。
どぼん! と俺は死神と落ちた。
一気に視界が青くなった。無数の泡が踊り猛った。沈み、落下速度が弱まって青い中にふわりと体が止まる頃、やっと俺は肩を見た。目も口も固く閉ざして俺を抱きすくめる死神の柔らかい猫毛が泡にまみれて揺れている。あ、と言いかけてごぼりと口内に冷たい塊が押し込まれ、俺は慌てて上へ上へとばた付いた。死神は風船のように軽く、ぐいぐい俺に引っ張られる。
「ッぷは! げほっ……」
首を出して息を吐き、吸う。
水上だ、水だ、助かったのだ。
鼻の奥が水で痛む。飲み込んだ水の良いとは言えない味がする。気管に少し入った水を咳で出す。
咳き込みながら俺は死神の顔を見た。ぎくりとした。死んだように硬直している。閉じた瞼まで青白い。
「君! 大丈夫か!?」
陸を探しながら俺は死神の頬を叩いた。水は長く先へ続き両側面がコンクリートで固められ、水を跨いで太い橋が掛かっている。川か。川へ瞬間移動したらしい。橋を渡る車、川沿いの道路を走る車の排気音で一部が現実に引き戻される。見咎められる前に上がらなければ。
青白い頬を幾度か叩くと、金茶の睫毛がか細く震えて死神はうっすら目を開けた。
「大丈夫か? 生きてるか?」
「……死神は最初から死んでるに決まってるじゃない……。って、そんな馬鹿が言えるなら……助かったんだね……」
死神は安堵の微笑を見せた。ふっと口角をゆるめたそれが、常人よりはるかに乏しいながら彼にとって満面の笑みであることは嫌でも容易に察しが付いた。百年に一度しか咲かないというセンチュリー・プラントを想起させる。彼の笑顔はぎこちなく、だが自然に綻んだ笑みで、かわいい美しいといった表層に留まるものではない。翡翠の瞳が水に濡れてか潤んでいる。
ただ、綺麗だった。俺が一目で心底惚れた、泣きたくなるほど愛しいと思った、彼の微笑みは彼の存在そのものだった。
「死は、心臓の止まった時でも脳が機能しなくなった時でもない。死んだと思うことなんだ。生きるために立つことを絶つ、心から力を抜く一瞬。それが死」
俺が中身の詰まっていないみたいに軽い死神ごと立ち泳ぎでコンクリートの護岸へ上がるまでの間、死神は俺の肩にへばり付いたまま講釈の続きを垂れ出した。鈍いのか、危機を危機とも思わなかったのか。彼は初めて出会った三十分前と変わらない調子で淡々としている。あの、落ちる寸前に俺を呼んだ、必死な声だけが別物だ。
「あんたが死を覚悟した瞬間、あんたの運命、死の時刻は、自殺という例外によって上書きされた。あんたは死んだと見做された。あとはあんたを死なせないだけ。どこに転移しても着地点へ加速度がかかるからとりあえず近くの川でいちばん水深の深そうなとこを選んだんだけど」
「川……ああ、さっき屋上から見えていた……」
「僕が転移するタイミングを計り間違えていればあんたはここで運命によって溺死させられたはずだから、うん、成功だね。歪められた死の運命は書き換えられた。そして今、自殺でも死ななかったあんたは、運命による束縛そのものを断ち切ったんだ。これからの行動、数々の選択、日々の心掛けが積み重なってあんたの寿命に繋がっていく。もう死神さえあんたがどうなるか分からない」
死神を肩に付着させたまま泳ぎ、橋脚の脇から伸びるコンクリートの狭い段差へよじ登る。死神の腕も引っ張り上げる。まるで浮き輪を引っ張る感触、人間くらいの重さを引っ張るつもりでいた俺は力を込めすぎて、死神の体が水からぽんと宙に浮いた。危うく胸元へ手繰り寄せる。段差へ座り込んで抱き締める。やはり、等身大の風船を抱擁するのに似た奇妙さだ。空洞がある。
座り込んで一息入れると、ようやく身を切るような真冬の寒さに気が付いた。寒中水泳どころではない。服も髪もずぶ濡れだ。水が凍みる。歯の根が合わない。
「……怖かった……? いきなりこんなことさせられて」
すると死神が、らしからぬ殊勝顔で呟いた。震える俺を案じてだろう。死神自身は寒さを感じていない、あるいは、まだ感じるだけの余裕がないのかもしれない。
俺は否定しようと首を振った。が、できなかった。死神が俺の胸へ頬を半分埋めたまま、小さく小さく、僕も、と囁いたからだ。俺に縋り付き俺の顔を見上げ、死神は唇だけで紡ぐ。
「あんたが死んだらどうしようって……」
濡れそぼったブレザーの襟を掴む、死神の細い指が震える。
しかし俺にはそれが、恐怖でも、寒さのせいでもなく見えた。まるで死に際の痙攣に似た、じわじわ忍び寄る病魔に侵されていくような。
「……君は」
「死ななくてよかった……。これで僕は、安心して、」
――死ねる。
本当に安心した顔で震えながら俺に抱き付く死神を、俺は愕然と凝視した。
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