1 、 っ て 何 (笑)
…笑うしかない。
ちょっとしたおまけを書くだけのつもりがなぜか無駄に長くなりまくっています。
全部書き上げてからアップしようと思ってたのにそんな分量じゃなくなっています。
なので、とりあえず書けたとこまでどんどん晒すことにしました。
また完結したら1ページにまとめるかもしれないですけど、完結するまで自分だけで持っとくと、しつこくしつこく最初から書き直してしまうんですよ。
数日経つと数日前の文章が気に入らなくて仕方なくなっちゃうので。
もう書き直せないよっていう状態に追い詰めないと書き直しを重ねすぎてにっちもさっちもいかなくなるんです。
ということで死神シリーズのおまけというには長すぎるおまけ、死神10から17年後でございます。
どうぞ少しでもお楽しみいただけましたら嬉しいです。
(…楽しいのは私だけな気が…orz)
僕は死神だったらしい。
「信じると思う? そんな妄想」
「ルックがそれを言うか……ふふふ」
気持ち悪く笑うアスフェルを僕はぎろりと睨み付ける。口を閉じたまま笑いつつ、アスフェルが僕をかいぐり撫でる。僕は嫌がっているふりをするためにじたばた暴れて払い除ける。ここ最近の定番だ。
僕がこいつに出会ったのは、僕が何度目かに家出した七歳の四月下旬だった。こいつときたら警官のくせに僕を親元あるいは児童養護施設へ送りつけようとせず、僕を自分の手元で養い始めたのだ。家裁にも児童相談所にもあっさり了承させた手腕は目を瞠るほど鮮やかで、給料アップのためと今年警部に昇任したのもノンキャリアでは異例の速さだったらしい。だが本人は昇給後の手取りを見るなりこれ以上稼ぐ必要がなさそうだからと実にのんびり働いている。
そして僕は、アスフェルの給料と里親委託費によって高校へ通わせてもらっていた。トップクラスの公立進学校で、毎日零限から七限までみっちり授業、土曜日も朝から夕方まで補習という、勉強しかしないでいい生活だ。これがどれほどありがたいことか、僕は思ってもなかなかアスフェルに伝えられない。彼の好意へぐずぐず甘えてしまっている。
「それにその話、耳にたこができるほど聞いたよ。死神だった僕があんたの命を救ったんでしょ。あんた毎年この時期になると決まってその話ばっかり繰り返すんだから」
「十二月になるとね。十七年前を思い出さずにいられないんだ」
「僕はいい加減聞き飽きたの」
アスフェルは僕を背中から柔らかく抱き締めてきた。僕の気持ちなんか知りもしないで、またウエストが大きくなったと臍を揉みつつ喜んでいる。僕が太るのが嬉しいらしい。今でこそ標準よりやや細身くらいだが、昔はがりがりに痩せていたうえ今もたくさん食べる方ではないから細いと心配なのだろう。確かにアスフェルと出会った時は栄養失調寸前だった。
アスフェルは僕ごと敷きっ放しの煎餅布団に寝転がる。数年前に六畳一間のボロアパートから2DKのボロマンションへ引っ越したものの、それまでの習慣がまったく抜けずに二人とも同じ一つの部屋で生活しているのだ。ダイニングキッチンが僕たち二人の居間兼食堂兼寝室で、残る狭い二部屋は衣類等の収納家具と本棚を押し込めている。
「――来年、言おうと思っていたんだけれど」
「……何?」
アスフェルが突然起き上がり、僕の頭を膝に乗せながらひどく真剣な声を出した。
「里親が里子を養育するのは原則として満十八歳までなんだ。二十歳まで延長することはできるけれど」
「うん、知ってる」
「それで……ルックの気持ちを確認したくて……その、……ええと」
アスフェルは歯切れが悪かった。でも次に何を問われるか僕は重々承知している。そして答えられないことも。
僕はアスフェルを好きなのだろうか。それも育ての親として好きなのか、もっと別の感情なのか。僕の中でその境界を見極めないことには是とも非とも返事ができない。けれど見極めるのが怖い。だってその結果、僕はアスフェルが僕に対して抱くのと同じ気持ちじゃないかもしれない。そしたらこれ以上アスフェルと一緒にいられないかもしれないじゃないか。やっと手に入れたこの居場所、僕を救ってくれた手のひらを、崩したくないから曖昧なままにしておきたいんだ。一方的に守られ庇護され愛しまれ、こうやってじゃれあったりたまに喧嘩したりしながら毎日晩御飯を一緒に食べる、嘘みたいに穏やかな日々。何百年も前から恋焦がれていた――何百年、も、前? 僕は今何を。
「俺はルックを愛している。ルックが子供でも、大人になっても、死神であっても変わらないよ。俺はルックといつまでも共に暮らしたい」
愛している、とアスフェルが告げるのを僕は久しぶりに聞いた。アスフェルはこの数ヶ月間、あえてその言葉を使わなかった。親子の距離を置こうとしているようだったのだ。
「もちろん、ルックは俺を恋愛の対象としなくていい。親代わり、兄代わりでも、友としてでも、もしくは単なる同居人でも構わない」
アスフェルがどんどん遠ざかるような錯覚がした。アスフェルは自分の願望からどんどん遠ざかっている。地平線の端と端でぎりぎりお互いの姿が見えていればそれでいいんだと、失いさえしなければ、と。最低限で譲歩するつもりなのだ。
「将来、ルックに好きな人ができて……その女性と、結婚、することになっても……週に一度でいいからここへ寄ってくれたら、忙しいなら電話でもいいから、たまに顔を出してくれたら、それで、それで……我慢、できるかは、正直なところまったく自信がないけれど……」
アスフェルの声が消え入りそうに低くなる。
我慢。そう、実は、僕はアスフェルにずっと我慢させている。僕とアスフェルは性交どころかフレンチキスさえしたことがない。アスフェルはずっと僕をそういう目で見ているはずで、しかしずっと耐えているのだ。僕は知っていて、応えられなくて、十八歳差という年齢を武器にアスフェルの好意を自分のいいように使っている。
僕はアスフェルの彷徨う瞳を膝枕されたまま見つめながら、九年前をぼんやり思い返していた。九年前の春にアスフェルへ拾われて、同年二学期から近くの小学校へ通えるよう転校手続きを取ってもらった、その時のことだ。
アスフェルはその日、わざわざ有給を取ってきた。なのにわざわざ警官の制服を身に纏い、制帽を被って、担任の女性教諭に完璧な敬礼で挨拶をした。俺の息子です。アスフェルは一片の躊躇いも戸惑いもなく言ってのけた。僕はそれが、死ぬほど、気持ち悪かった。
なぜ不快だったかを僕は今さら考えている。実の親に一度として言われたことがなかったから? アスフェルの中に女性教諭へ究極に誠実な第一印象を植え付けるあざとさを見て取ったから?
――僕は馬鹿だ。答えなんて、とっくに分かりきっている。
出ている答えを認めるべきか、打ち消すべきか。僕が見極めかねているのはそこだ。
「僕はあんたの息子になりたかったんじゃない」
「……ル、ック?」
「シャー芯買ってくる」
僕はがばりと暖かな居場所から身を起こした。アスフェルの膝は蕩けそうに心地よくて、僕を守る強固な揺りかごで、だからこそ僕は愚図る自身を引き剥がした。
いつまでもアスフェルに甘えてちゃいけない。アスフェルのために答えを出してあげなくちゃいけない。サンダル突っかけて外に飛び出て、身の内からじわじわ湧いてきた震えに両腕を両手できつく抱える。
死神だったら……こんな思いはせずに済んだのだろうか。
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