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夕 凪 大 地

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「死神ルックその後 2」

もっと気楽に書き始めたつもりなのに、真剣にルックを書きたくなってしまったのが運の尽きでした。
だって、死にネタ大嫌いな私が死神パロとは言えルックを殺してしまったわけで、相当ダメージっつうか罪悪感をですね、主に坊っさんへ対して抱いてるんですが(笑)

まぁでもゆるーい気持ちでいることには変わりないので、おかしなところを発見したらあたたかい心でそっと教えてやってください。




 僕は死神だったらしい。
 そして死神は、移動するのに徒歩も乗り物も使わないらしい。つまりテレポーテーションだ。……信じるわけがないけれど。現に僕は今両足を使って走っている。
 コンビニの前まで走ったところで、僕はようやく財布を持っていないことに気が付いた。ついでに上着も着ていない。昼前とはいえ十二月、室内用のトレーナーでは冷たい風を防ぎ切れず、僕は立ち止まって息を整えながら汗ばむ体の汗を凍らせる寒さにぞっと身震いをした。
(震えるところが違うんだ)
 Uターンしながら僕は思う。真冬の寒さに震える時は体の後ろの方が震える。背中や腕の外側が。けれどさっきまで僕の体は真ん中あたりが震えていた。僕はこっそり、傷ついていたのだ。
(結婚、……僕が)
 あり得ない。アスフェルの語る彼にとって最悪の未来は、百パーセントあり得ないと断言できる。僕は絶対に結婚しない。僕の実の両親を見れば理由はあり余るほどだ。何より生理的に気持ち悪い。誰か他人と家族になって一生つがいで過ごすなんて。
 だからアスフェルはこの点において最も安心してよかった。そして同じ点において、僕こそが最も怯えねばならなかったのだ。アスフェルが将来誰かと結婚しないとどうして自信満々に言い切れる? 僕を養子にし、僕のため良妻賢母となれる女性を見繕ってくることがないと、幸せな三人家族、あるいはそれ以上の人数になって僕に弟妹ができないと、どうして断言できるだろう。
 僕は今までそんなこと考えたこともなかった。アスフェルがくれるたくさんの愛情に文字通り溺れていたからだ。溺れて、信じきっていた。アスフェルは僕がどんな態度を取っても僕以外には目もくれない。傲慢にもそう信じていた。
「財布もコートも置いて出て行って、何を買う気だったんだ、ルック?」
 僕の心臓が飛び跳ねた。背後から好きで好きで仕方ない声が降ってきた。同時に肩へぶかぶかの上着を被される。アスフェルのものだ。僕のと似たようなコートなのにすぐアスフェルのものと見分けが付いたのは香水の匂いがかすかに鼻をくすぐったから。たまに付けるだけなのに匂いがコートへ滲み込んでいる。
 アスフェルに抱き締められてるみたい。ほっとする。これが父親へ頼る安堵かそうじゃないのか、曖昧なままにしちゃいけないの?
「何でローソン。ファミマの方が近いだろう」
 アスフェルが問う。僕も聞きたい。何でアスフェルは僕がこっちのコンビニにいるって分かったんだろう。近い方を迂回したんじゃこんなに早く追いつかれないからアスフェルはハナからこっちへ向かったことになる。
「……ローソンの方が、あんまんがおいしいから」
「なら、俺は焼きそばまんな」
「あれは駄目、焼きそばロールの方が安いし量も、――ッ」
 他愛ないやり取りのどさくさに紛れて振り向いた、途端に眩しい笑顔が僕を撃った。非番だからって髭剃りを当てていないアスフェルの顎は無精髭が数本伸びている。老けた、というと僕が幻滅したみたいだがその逆で、僕のわがままを全部受け止めてくれる老成した趣があった。
 好きなんだ。
 だから、僕は、アスフェルから離れなければならないと今こそはっきり意識した。僕はアスフェルが永遠に僕だけを見てくれると思い込んでいる。そしてそれは多分真実だ。僕がいる限り、アスフェルは僕のことしか見ない。けど僕は十八歳も年下だし経済力もバックボーンもないし、そもそも彼と異性ですらない。アスフェルと恋愛ごっこを楽しむにはどんな条件も満たしていないのだ。
「ルックは焼きそばロールが好きなんだ?」
「……キライ」
「たまごロールの方がいいか。悪いな、俺が夜勤だとロクなものを食べさせてあげられてない」
「僕は別に気にしてなんか、コンビニご飯ってけっこうおいしいし、めんどくさいだけでその気になれば一人分自炊すればいいんだし、……アスフェル……」
 僕は唇を噛んで彼を見上げた。アスフェルがうんうんと頷いて笑った。勝手に飛び出した僕を怒らない。どうでもいい話だって真面目に相手してくれる。いつも僕が過不足ないかと気を配り、僕にいくらイライラさせられたとしても職場の鬱憤、キャリアから受ける謂れなき僻みや中傷も、決して僕の前では出さない。
 どうしてこの人は僕を好いてくれたんだろう。僕が死神だったから? もう死神じゃなくなったのに?
 もしかしたら十七年も前の良い思い出に縛られているだけかもしれないと、思い至るのは絶望の縁に自ら立ったも同然だった。


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