これ書いたの先週なんですが、実はこれ書きながら生まれて初めてナンクロしました(笑)
めっちゃハマるー!
でも時間がもったいないので、ナンクロする暇があったら執筆します、はい。
僕は死神だったらしい。
けれど仮にも神と名の付くものだったなら、もう少し超然としていられるんじゃなかろうか。僕はアスフェルとコンビニへ入り、シャーペンの芯と二人分の昼食を買って、でも二人きりの家へ帰る気になれず何だかんだと理由をつけてそのまま雑誌を立ち読みしている。週刊誌三冊、次は地域情報誌。だが活字なんてひとつも頭に入ってこない。かっこ悪いし情けないしでぐだぐだだ。
僕を追ってきたアスフェルも隣でナンクロを捲っていた。ああしてぱらぱら捲りながら半分以上のページはその場で解いているのだ。少しだけ細めた黒目がちな目、眼球が素早く動いている。集中力の高まりとともに表情はどこか冷たげになってぞくっとするほど迫力がある。僕はそれを気付かれないよう盗み見る。
なのにアスフェルと目が合った。僕の視線に気付かれたのだ。アスフェルが僕をやんわり見下ろし、帰るか、と目で聞いてくる。頷きながら僕は俯く。
「……何で分かるんだろう」
「ナンクロ? ひらめきだな、慣れれば文字数だけである程度単語の察しが付く」
「……あっそ」
僕が呟いたのはコンビニを出てすぐだった。トレーナーにスラックス、サンダルを履いた上からぶかぶかのトレンチコートを羽織る僕はちょっと不審者な気がする。遠目にもカジュアル系ファッション誌に載っていそうなアスフェルと並んで歩けば余計にだ。けれどアスフェルは意にも介しない様子である。
(……ナンクロの話じゃないし、っていうかほんと、クイズ全般に目がないんだからこのおっさんは……)
「――俺がおっさん臭く見えたか?」
「ぅえッ」
「ルック、動揺しすぎ」
「ああああんたが僕の思考を勝手に読むからじゃない!」
僕は声を裏返らせて、くすくすアスフェルに笑われた。
何でアスフェルは僕の言いたいことを言わないうちから察するんだろう。そして僕も、何でアスフェルの目を見ただけで彼の問いが分かったんだろう。僕はアスフェルから顔を逸らしつつ考える。
アスフェルについてはあの千里眼もかくやという洞察力を知っている者なら誰でもだいたい納得がいくが、人間の機微には疎い方である僕がどうしてアスフェルのノンバーバルコミュニケーションは分かるんだろう。僕はアスフェルのコートを胸元で掻き合わせる。
僕はナンクロを取っ掛かりにして矢継ぎ早に言葉を紡いだ。今沈黙が訪れると耐えられなくなる自覚があったのだ。
「ひらめきって例えば、○ウジ○ウ、を見たとして」
まるうじまるう、と僕は単調に発音したのだがアスフェルには通じたらしい。
「コウジョウかユウジョウか、またはソウジュウ、モウジュウかもしれないでしょ。他にもヨウジホウとかソウジトウとか。後半ならそこに重なってる別の語句から特定できるけど、最初のうちは全部スカスカじゃない」
ナンクロとは新聞等に載っているような普通のクロスワードから問題文を抜いたものだ。何のカギもなくマスを埋めていかねばならない。ヒントになるのはそれぞれのマス目に小さく振られた数字だけで、同じ数字には同じ一音が入る。1と書かれたマス目のうち一つがアなら他のマス目もすべてアになる。いくつかの文字がすでに埋めてあるのは初心者向けで、一般的には同じ一音を指す数字以外手がかりがない。
アスフェルはコンビニの袋を左手に持ち替えた。二人の間に袋が挟まれる状態になる。すぐ右手に持ち替えて、また左手に、を都合三度繰り返す。そうやって考えているのだろう。
「思いついたものを全部試す時もあるけれど……たいていは、候補を羅列する前に、正答一つだけが思い浮かんでいるな。何となくひらめくんだ。空欄に何となく文字が見える」
「何となくって何」
「……何となくは……何となく。ひらめきに理屈はないよ。ぱっと浮かぶんだ。そういうものだろう、直感とは」
アスフェルは結局説明らしい説明をしてくれない。その気になれば誰よりも理論的なプロセスで講釈することもできるのに、思い立ったら何となく行動してしまうのがアスフェルだ。思い立った時にはすでにそれ以外の選択肢を無意識に吟味し終えているのだろう。
「俺の直感は滅多に外れたことがないんだ。十七年前も」
またその話。僕はうんざり首を振る。
僕はおそらく僕に嫉妬を覚えていた。僕がまだ生まれてもない頃からアスフェルの心を独占している僕似の悲運な死神に。消えた死神はアスフェルの中でどんどん美化され、輝いて、現実の僕を崖っぷちまで追い詰める。
「……僕を愛してるってさんざん言うのも、直感?」
嫌味にも限度がある。でも止まらない。アスフェルの気持ちを知ってるくせに、僕はアスフェルを小馬鹿にした口調で非難する。
「何となくそんな気がするだけ? ここが好きとか理屈はないの? じゃあその直感が外れだったら本当に好きな人が現れてやっと外れたなってことに気付くの?」
「ルック、何を馬鹿な」
「……もし僕が死神ルックとは別人だって判明したら……あんたはどっちを選ぶのさ……」
僕は馬鹿だ。見逃せなかった。アスフェルが一瞬答えに詰まった顔をするのを。
アスフェルは、ルック、と言いかける。けどそれじゃどっちのルックか分からない。それにアスフェルは言いかけただけで言わないじゃないか。自分でもきっと考えたのだ、ルックはどっちのルックのことか。そして答えがすぐに出ない。いや、出たのかも。今あんたの目の前にいる方のルックにとって具合の悪い結論が。
気まずそうに目を泳がせるアスフェルから目を離せないまま、すぐにテレポートで掻き消えられない無能な自分を僕は憎んだ。
PR