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夕 凪 大 地

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「死神ルックその後 4」

坊に招き猫が似合わなすぎて危うくギャグになりそうです。
でも塗装が剥げて元は白だった部分も灰色にくすんでたりしたら坊がとてつもなくかわいらしいなぁと妄想の翼を一人たくましく羽ばたかせておりました。

そんな招き猫の登場する(そして一瞬で退場する)第4話でございます。
全6話の予定です。




 僕は死神だったらしい。
 むしろ今、今すぐ死神に舞い戻って大鎌を振りかざしたい。死神の鎌でこの息詰まる空間を僕ごと切り裂いてしまえ。
 一度視線を落としたが最後、アスフェルと目を合わせられない。口も利けない。僕は足元がぐらぐら歪むのを感じている。
 僕はアスフェルの気持ちを信じきっている、と思っていた。けれどそれは嘘だった。ずっと疑いを抱いていた。いつ裏切られる日がくるだろうと警戒の目をらんらん光らせ続けていたのだ。僕と死神とどっちを選ぶか、なんて、アスフェルを少しでも信じていたらとてもじゃないが尋ねやしない。
 アスフェルを好きになればなるほど僕は認めまいとしていた。認めてしまったら最後、アスフェルに捨てられた時の傷口がもっとひどくなる。縫えないほど捩れ血がこびり付き細菌に毒されて醜く膿んで、僕は喪失という痛みのあまりぱたんと倒れ伏し死ぬかもしれない。そんな生易しいものじゃない。指の叉を割かれ手の甲、腕、肩を二分割、これまでアスフェルに触れられたことのある体表すべてが剥ぎ取られるほど痛いだろう。そうして剥かれて残った僕はもはや僕という自我ではない。抜け殻だ。自死さえできず痛みにのた打ち回るだけの。
 だから僕は、アスフェルへたくさんの情を与えられっ放しでいた。少しでも返せば次はそれに対して見返りが欲しくなる。繰り返して深みに嵌る。もともと何のためにお返しを返していたか見失う。それが恐ろしかったのだ。
 それに、もし返してもらえなかったり返してもらう量がいつもより少なかったりしたらどうなるか。きっと僕はアスフェルに裏切られたと感じるだろう。飽きられた、捨てられた、見限られた。僕は今生のみならず前世でもそれらを身近に味わってきたんだ。いっそ親近感がわくほどに。
 結局、臆病な僕が今までどうしていたかというと、急にもらえなくなってもあきらめがつくよう、裏切られても悲しくないよう、努めてアスフェルの言動に無反応を返すのみだった。そうすることで僕はアスフェルに対しちっぽけな優位を保っていたのだ。
 僕は、最低だ。
 マンションの前まで二人で歩いて、アスフェルはポケットから鍵を取り出しながらエレベーターのボタンを押した。こんな時に限ってエレベーターは最上階にある。まるで最後の長考を与えてくれているようだ。僕に決意を、あるいは翻意を促す時間。だが腹が決まらないうちにエレベーターは一階へ降りてきてしまってドアを開き、アスフェルはいつも通りドアを開くボタンを押しながら僕を先に乗るよう目だけで促してくれる。
 ――ここまでだ。混乱し焦りながら僕はアスフェルを見上げた。
「乗らない」
 言い放つ。アスフェルが柔らかく首を傾げる。どうしたの。声にされずとも目を見ただけで言っていることが嫌でも分かる。整理しきらない頭からぽろぽろ言葉が勝手に落ちる。
「もう、あんたの家には帰らない。本当の両親のところへ行く」
「……ル、」
「僕はあんたと一緒にいるべきじゃないんだ。だってあんたの人生は僕のせいで歪んでる。あんたは僕のことしか見ないし、僕が息子になりたいって言っても嬉々として籍を入れるんでしょ。それに」
 アスフェルの顔が強張っている。ごめんね。僕のせいで。
「――それに、あんたが見てるのは僕じゃない」
 石を飲み込んだようだった。喉頭が横隔膜をたわませて腹へ落ち込み、石の重みで足が地面へめり込みそうだ。自分で言っておきながらこれほど残酷に僕の肺腑を抉る言葉があるだろうか。
 そうだ、くどくど余計なことを考えては打ち消していたけれど、僕がいちばん怖かったのはこれだったんだ。アスフェルの視線が僕をすり抜けてかつての僕に注がれていたら。僕はそれを危惧するあまりアスフェルを信じることができず、信じてあげられない申し訳なさから逃れたくて自分の気持ちに蓋をしていた。好きなのに。愛したいのに。
 アスフェルは僕と似たような表情を黒耀の瞳へ虚ろに宿した。でも似てない。この顔は、僕の方がよく知っている。鏡で、水面で、窓ガラスでも、嫌というほど何度も見てきた。
 ――裏切られた時の顔だ。
「……ルック……」
 壊れそうに儚く呼ばれる。
 取り返しのつかないことをしてしまった。僕はようやく気が付いた。僕は両手で口を覆った。思わず一歩後退っていた。アスフェルは呟き、僕を戸籍上の名で言い直そうとしたか唇でア段の形を作りかけ、途中でしゅんと力なく閉ざす。
 足元にざらついた音がした。目線を落とすのも億劫だ。だがぐらぐらと目玉を動かす。付け根の軋む感覚がする。ああ、鍵だ。アスフェルが手から落としたのだ。
 僕はのろのろ上体を屈めた。鍵を拾って、アスフェルに渡して、それで終わりにしようと思った。さよならだ。実の親のところへ行くほど嫌なものはないけれど、あんたをこれ以上裏切るよりはずっといい。
 家の鍵と原付の鍵と僕が小学生の時に修学旅行のお土産にあげた招き猫のキーホルダー、あんたまだこれ付けてるの。何で。
「――来い」
 キーホルダーを見つめていたら身をかわすのが少し遅れて、僕はアスフェルにものすごい力でエレベーターへ押し込まれた。ドアが閉められる。上昇する。
 死神だってこんな恐怖は知らないだろう。僕の腕を折れそうなほど握り締めてエレベーターのパネルを見ているアスフェルの、冷たく淀んだ横顔から覚える恐怖。彼の今考えていることが……僕には初めて、分からなかった。


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