ようやっと坊ルクらしくなりました。
んー、うちの坊ルクってどんなはちゃめちゃ設定でも似たようなホモ進行になるんですね…。
私に芸がないのか、結局この性格の2人ではこうなるより他にないのか…。
私としては、この死神その後シリーズは特に、自分が考えて書いてるというより坊とルックが勝手に話進めてくのを必死に聞き取って議事録付けてる気分です。
あっそうか、頭ひねって書いてないから芸がないのかorz
僕は死神だったらしい。
本当は薄々知っていた。僕には他の人間に存在しない感覚があるみたいだし、アスフェルのこともそれが誰とは分からないまま何かをぼんやり覚えていた。それら含めて変な現象は僕が元死神だった所以なのかとむしろ素直に納得できる。口では馬鹿にしてたけど。
そして今は死神ではない。僕は地に足の着いた、ただの、人間だ。
アスフェルは家のドアを開けるなり手のひらを僕に振り上げた。昔の僕なら痛みを想定して身を硬くしただろうけど、もう何年もそんな目に遭ってない僕は無防備そのものでアスフェルの腕を見るだけだった。いつの間にか、日常から虐待がはるかに遠ざかっていたのだ。今頃気付いたってもう遅い。
ひゅんと風を切って振り下ろされたアスフェルの手は、しかし僕をぶたなかった。代わりに僕の両頬を、軽く音が鳴るほど勢いよく挟み込む。上向かされる。眼底まで覗かれる。
「――矛盾は、見ないふりか」
「僕が? どこに矛盾があるの」
僕はアスフェルを全力で睨み付ける。虚勢だけどどんどんアスフェルが嫌いになれるような気がする。嫌いだったって思い込めば離れるのも辛くないじゃないか。僕はアスフェルの冷えた瞳を同じように視線で刺す。
「俺の人生が歪んでいると言った。俺がルックを恋愛対象にしているから。けれど俺の息子にはなりたくない。俺が他人に心を寄せたと立腹している。……滅茶苦茶だ」
アスフェルはひとつ溜息を吐いた。遣る瀬無く左右に首を振る。
「俺の人生が本当の意味で歪むのは、ルックを養子にしてからだろう? 今なら公務に燃える警官のボランティア精神に満ちた私生活と説明できても、以降は善意の範疇を超える」
「今までだって! もっと最初から」
「ルックを好きになったことがそもそもの歪みだと思うなら、それはルックのせいじゃない。俺が望んだ結末だ。俺の人生設計へ勝手に組み込まれたルックが俺を厭いこそすれ、どうして俺がルックを恨むことになる?」
「直感が外れてたら恨むでしょ」
「恨まない」
「恨むよ。九年間をドブに捨ててしまったって」
「……話にならない」
アスフェルは僕の首根っこを掴むようにして嫌がる僕を無理矢理部屋へ引きずり込んだ。僕のサンダルが玄関に一つと上がり框に一つずつ脱げて転がる。部屋の電気を点けなかったら昼間なのに薄暗く、僕が床に落ちていたティッシュの箱へ突っ掛かったのを機に僕とアスフェルはもつれるようにして煎餅布団へ座り込んだ。布団はしんと冷えている。
僕は咽喉が熱くなった。泣きそうだった。こうやって布団へ二人でぎゅうぎゅうに座って、間近にアスフェルの顔を見たらもう駄目だ。ついさっきまでアスフェルから離れようと思ってたのが嘘のよう。僕を見つめる黒い瞳も切なく寄せられた額の皺も、すべてが僕だけのものならいいのに。一瞬本気でそう思う。
「我慢していた俺が間抜けだったんだな。ルックを傷付けるのが怖くて――いや、言い訳か。俺はルックに拒まれるのが怖かったんだ」
アスフェルが小さく笑みを刷いた。自嘲の笑みだ。そんな顔、してほしくない。僕のせいで。僕のせいで。僕がいなければ。
「そうじゃない。ルックは悪くない」
「……また……僕の思考を勝手に読んだ……」
「好きな子の考えることがこれくらい分からなくてどうする」
「僕のこと好きじゃないかもしれないって、何であんたは疑わないの」
アスフェルはまた溜息を吐いた。今度の溜息は深く息を吸うためだ。吸って、アスフェルはひどく丁寧に話し出す。
「最初は単なる直感だった。高潔そうな第一印象が好みで、その睨み方も手加減のなさが好みだった。けれど一緒に暮らし出すと、何もかもが目に留まるんだ。本を読みながら横髪を耳へ掛けるルック。肉じゃがなのに肉を食べないで彩りに添えたさやいんげんにばかり箸を伸ばすルック。俺の話にしょうがないねって大人びた相槌を打ってくれるルック、夜勤明けの俺へ濃い煎茶を淹れてくれるルック、靴擦れしても顔色ひとつ変えないで血まみれの靴下を夜中こっそり洗うルックも、俺は、毎日」
アスフェルは軽くむせた。きっと涙を飲み込んだのだ。
「ある日ふと、ランドセルから給食袋を外しながらルックの寝顔を見下ろしていたら……急に息ができなくなった。ルックの立ち居振る舞い一挙手一投足、すべてが愛しくてならないと思い知ったんだ。何を見てもいちいちルックに惚れ直す。俺自身が俺を理解できなくなるくらい。――十八も年下の児童相手に淫らな欲望を抑えられず……ルックが俺にしてくれたらと願いながら自慰したよ。最低だ」
述懐は僕に目を瞠らせた。アスフェルが僕の隣でおぞましい行為をしていたことじゃない。アスフェルがそれを我慢できなかったことだ。アスフェルの自制心がどれほど強固かを僕は一番知っている。そのアスフェルが欲望に負け、そしてそんなになるまで心から欲していた僕の前では片鱗さえ見せなかったのだ。
僕は気付いていなかった。僕は、こんなにも、
(アスフェルの愛情に……包まれて生きてきたんだ……)
どんな思いでいてくれたのか、僕には想像も付かない。自分の願いが叶わないだろうと諦めながら諦めきれないでいたアスフェルが、どうやって今まで平然とした顔で僕に接してくれていたか。無償の愛を、惜しみない愛を、養い親として完璧な肉親の情だけを僕に注いでくれていた。本当は僕を犯したかっただろう、でも我慢してくれていた。全部僕のためだ。アスフェルは愛情ひとつでここまでやってのけたのだ。
察してはいたけどアスフェルの口から聞くとリアルすぎて身に沁みる。僕は眩暈に頭を左右へぐらぐらさせる。
「……同じだな。十七年前と」
僕の首がぐら付くのを見、アスフェルは残念そうに呟いた。この期に及んでアスフェルはまたも死神の僕を持ち出してくる。僕が思わずむっとしたって仕方ない。
「死神は俺に死神を信じろと何度も言った。けれど実は逆だったんだ。彼が、俺を、信じられなかった。俺が彼を一目で好きになったことも、彼を失えば失意のどん底で嘆くことも。信じないまま消えたんだ」
それが何。僕も同じだから死神と僕はイコールだって言いたいの。そんな些細なことを今さら証明したって何になる? アスフェルが「ルック」を愛する理由の確実な裏を取ったつもり?
「俺が同じだと思うのは、ルック。心通い合わない離別を俺が再び味わうことだよ」
――そっち!?
自嘲したまま告げられて、僕はがんと頭を殴る衝撃を受けた。何なのあんた、結局僕とどうなりたいの。そうやって十七年前とおんなじように手放すの。失くして嘆いて僕が消えた川沿いを毎日毎日歩き回って、町中隈なくパトロールできるからって理由だけでわざと派出所勤めの長くなる高卒ノンキャリ警官になって。僕が猫の姿で蘇るかもしれないって思い立ったからあのボロアパートに引越したんでしょ。がらんとした家に山積みされてたキャットフード、近所の野良猫見るたび一つずつ開けたらしい空き缶、虚しく積み重なる年月をあんたはずっと無闇に足掻いて、だから。
だから僕たちはもう一度出会えたのに。
僕たちは同じことを……また、繰り返すつもりなの?
「……抱いて」
僕は口走っていた。一歩踏み出さなきゃいけないのは僕だ。曖昧さを望み、結論を先延ばしにしていたのは僕。アスフェルの努力を無効にし続けていた間、アスフェルはずっと裏切られ続け我慢し続けていたんだ。僕はアスフェルの誠意を踏みにじってきた。
「怖かったんだ……あんたがいつか、僕を捨てるかもしれない……って……」
僕は両手を目に押し当てた。声に出したら呆れるほどに明快だ。僕はアスフェルの気持ちを知っていて、僕も同じ気持ちで、でも怖かったからいろんな反例を持ち出してきては僕を迷わせる根拠に仕立て上げていた。
僕は卑怯だ。
だけどまだ怖い。あんたが僕を途中で放り出してしまうかもしれない。僕は両手の爪を立てる。額の皮膚ががりっと削られる音がする。
「自分を粗雑に扱うんじゃない。ルック」
「だって、こ、怖」
……たすけて……!
僕はアスフェルに手を伸べた。アスフェルが僕を裏切ることなく助けてくれると初めて心の底から信じた。もし裏切られたら――ううん、ない。アスフェルは僕を裏切らない。それにもし万が一裏切られても、僕はそれでも、アスフェルのことが大好きだ。
咽喉から悲鳴を絞り出した途端、アスフェルは僕を潰れそうなほど強く強く抱き締めた。あまりの強さに背筋がしなる。痛みすら。いつものアスフェルからは容易く感じ取れるはずの配慮や遠慮が欠けている。容赦がなくて身動きもできない。
だけどどうして、痛みを伴う抱擁が……どうしようもなく懐かしいのか。右肩に掛かる頭の重みと生温く滲みる水分もまた、例えようなく懐かしかった。
PR