ようやく終わりましたー。
当初の予定ではこれ2話分くらいの長さで、5と6の間をぼんやりもやっと書く予定でした。
なのに肝心なところをきれいにすっ飛ばしてしまった私。
き、気力がもたなかった…orz
死神シリーズはあと1つ書きたいネタがあるにはあるけど、ほんとに手を出すかは微妙です。
先に書きたいのが2、3あるので。
…と言いつつ、また死神かよオイ!期待してねぇよオイ!な連載を始めるかもしれませんし、そのあたりはあたたかく見守ってやってくださるなりそそのかすなりしてもらえますとどうにかなると思います。
相変わらず萌えの赴くままですいません。
僕は前世で死神だった。
死神の前は猫だった。さらに前は樹木、最初は木々を颯爽と吹き抜ける風だったらしい。死神の長に聞いたことだから本当か嘘かは分からない。風は砦のレンガ壁にぶち当たって消滅し、樹木はそこに戦没者用の墓場を作るため伐採されて焼き捨てられた、と。
「……今、思い出した……」
「風とは言い得て妙だな。俺も感じたことがあるよ、ルックの内に薫風を」
アスフェルが僕の髪の毛をさらさら梳いて首肯する。信じてくれるんだ。改めて感嘆する僕だ。
僕はアスフェルの胸板にぴったり手のひらと頬を寄せた。心臓の音が心地よくって、僕より高めの体温が素肌に安らぎをもたらしてくれる。ぬるま湯に浸かるようなふぅっと蕩ける穏やかさ。
甘受して、目を閉じて、何て大切なんだろうと実感したら瞼の裏側がしっとり濡れた。力を入れてどうにか角膜に染み込ませる。耳をくすぐるアスフェルの声につられて顔を上げるまで。
「実体のない風にも生命が宿っているとは興味深い。アニミズムはまさに真理だったわけか」
「僕の、思い出した、っていう行為と、その記憶中に含まれる他者の発言をともに事実と見做すならね」
「それはルック、少なくとも現在のところ立証不可能なものだろう? ならば事実と見做すかどうかが焦点ではない」
「ややこしいこと言うね」
「見做すのではなく、信じるかどうか、だよ」
腕を杖にしてこちらを見下ろすアスフェルにそっと微笑まれ、沈静化していた恥ずかしさの奔流が止める間もなく決壊した。僕は旋毛をアスフェルの胸にぐりぐり擦り付ける奇行に及ぶ。二人とも何も着てなくて暖房も入れてないのに布団一枚が暑くさえ感じるこの状況。僕とアスフェルの関係は、今までのそれとは根本から異なるものに羽化し変容を遂げたのだ。
アスフェルが僕の頬をなぞる。僕はびくっと縮こまる。
「――我に返った?」
「僕……今からあんたにどんな顔すればいいの……」
「今まで通り、だと少し寂しいな」
「絶対無理」
「ああ、そうやって照れてくれたりする方がいい」
「……あんたって意外とサドだったんだ」
僕はむくれる。だけど心は冷たい水へ脳を取り出して洗ったみたいにすっきりしていた。僕がアスフェルを好きで、アスフェルもそうなんだから、いったい何の問題が生じるだろう。僕はもう足を竦めなくていい。少なくともアスフェルが心変わりしたと断定できる時までは――そんな日、来ないと僕は信じることにしたんだ。
まだ僕の頬を指先で弄びながら、アスフェルが奥歯にものの挟まった言い方をした。
「あの、な、ルック? き……昨日の話を蒸し返しても、怒らないか……?」
昨日って何だっけ。ナンクロじゃないし、ああ、僕が十八歳になったら、って話か。
「もしもルックが望むなら……俺は、ルックと、養子縁組をしてもいい。と思っている」
「……ふぅん」
「その方が安心できるなら。お役所の紙切れ一枚でも、俺との間に繋がりのある方が……ルックがそうしたいなら……」
後半がごにょごにょとくぐもって、僕は余計に苛立った。あんたまだそれ考えてたの。あんたがそうしたいならすればいいけど、僕のためってちょっとでも思ってるならとんだ考え違いだよ。もしかして、戸籍上からも実の両親を絶つべきだと勧めてくれているんだろうか。
だが僕のすっきり晴れた脳は間もなく答えを導き出した。不安なのはアスフェルだ。紙切れ一枚でも何らかのよすがにならないものかと焦っているのだ。僕が逃げ出さないかと怯え、必死で怯懦を克服しようと試みて、安心できる材料を一つでも多く手元に集めたがっている。今までの僕がアスフェルをそうさせてしまったんだ。
もう、大丈夫だよ。僕はアスフェルにちゃんと教えなければならない。
「あんた、いちばん最初、養子縁組前提じゃないって言ったじゃない。忘れてないよね」
「……ああ」
「なのに息子扱いするの?」
「……ルック……」
アスフェルの瞳が頼りなく揺れ、どうすれば僕を繋ぎとめておけるかと悩む様子を浮き彫りにする。だから僕は宣言する。僕自身にも撥ね返る宣言を。
「十八になったらあんたとの里親里子関係はおしまいにする」
「――ッ」
「それで、そこからは」
目を閉じて息を飲んだ。言わなきゃ。ちゃんと。
「アスフェル……、ほんとに、本当に……僕でいい……? 子供産めないし、お金も食うし、年も離れてて親子みたいだけど、でも、僕のこと息子じゃなくて……最初言ってくれてたみたいに……」
目を見なきゃいけないと分かっていても瞼の抵抗は凄まじかった。だけど乗り越えて、眉間に皺を寄せながら唇をきつく噛んでいるアスフェルへようやくしっかり焦点を合わす。アスフェルは溢れそうになる何かをすんでのところで堪えるようだ。
僕は、願いを口にした。
ほとんど声が出なかった。閉め切ったまま朝を迎えた部屋にこもる情事の残り香になけなしの音も絡め取られた。アスフェルの胸板に寄せたままの手が一瞬戸外よりも冷える。嫌だ、と言われる可能性を追い出しきれてなかったから。でも僕は踏み出して、薄氷の上に立つ恐怖を下に大地がある確信へ変えるつもりで、アスフェルを見つめ返事を待つ。
返事は分かりきっていたけど、聞けたらやっぱり安堵に四肢の先が震えた。
僕は死神だった。
でも今は人間だ。空も飛べないし、間違いもするし、そのたび傷付いて疑心の闇に囚われる。この世は不安なことだらけだ。
だけどもし僕が消えた死神と一瞬でも対話できるなら、僕は今こそ、死神の僕にこう言おう。
僕は死神だった僕を誇りに思っている。
アスフェルを助けてくれた死神の僕に、アスフェルと巡り会えた奇跡に。僕は、心から感謝する。
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