実は時間がなくて前回端折った、いわゆるオチの部分です。
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「……夢でしょ?」
シーナの話を聞き終えて、テンプルトンは簡潔かつ同情の欠片もないたった一言にその感想を集約させる。
シーナは決まり悪げにストローを吸った。
ずずず、情けない音を鳴らす。
シーナのグラスは白く濁った小さな氷が底へぎっしり溜まるばかりで、ところどころアイスコーヒーの茶色い水滴が未練がましく消えないでいる。
まるで山地における集落分布図のようだ。
らしい比喩をあつらえて、今回の聞き手役となった地図に精通する小さな職人はシーナ奢りのマフィンをぱくりと平らげた。
もちろんこれで三つめだ。
何のメリットもなくくだらない話を聞かされるなんて、テンプルトンにとっては多大なる時間の無駄である。
シーナはしばらく氷をストローでざくざく均し続けた。
「夢だけどな。でもよ、夢があるじゃん」
「だから夢なんでしょ?」
「お前なーもうちょっとなー、その年でリアリストすぎんのもどうかと思うぜ」
「地形に空想は必要ないの」
ぴしゃりと言ってのけるテンプルトンに、シーナは反撃を諦めたよう。
またずずっと氷を啜って、ストローを銜えたまま器用に喋った。
「お前のそういう淡白さがルックと馬の合うとこなんだろうな」
俺には難しい、と裏に引かれる切なさだ。
それをルックより遥かに達者な目線で読みきり、されどフォローのしてやりようもなく、テンプルトンはシーナのグラスへ視線を注ぐ。
テンプルトンはルックと仲がよい。
互いに深入りしないし、互いに相手の得意分野が己の領域とかぶらないがゆえに興味深い。
そしてルックとテンプルトンのいつ離れても差し障りのない浅薄に過ぎる関係を案じているらしいシーナは、その気立ての良さ、言い換えればお節介な気質が災いしてか、ルックへもテンプルトンへも一定距離以上踏み込めないでいる。
シーナはふうとストローで氷に息をかけた。
「ルックに言っといてあげようか?」
テンプルトンは譲歩する。
シーナがぱっと顔を上げる。
「要するに、シーナはあのふたりに引っ付いてもらいたいんでしょ? だから一応伝えておいてはあげるよ」
「引っ……」
「どうなるかは知らないけど」
シーナは目玉を白黒させた。
あれ、こいつですら自覚なかったんだ。
テンプルトンはちょっと驚く。
あのふたりがどうにかまとまった方が良いと思う連中は解放軍の中に意外なほど多い。
そしてシーナはその筆頭格だと思っていたのだ。
ああ、男同士でとか、軍主なのにとか、そういうしがらみを無責任な連中よりずっと思いやるからこその躊躇いか。
ルックが何だかんだと罵りつつシーナを遠ざけきれないでいるのもこの細やかな配慮ゆえかもしれない。
動揺を隠すべくストローで盛んに吸引音を立てるシーナを目の端に、テンプルトンは彼らの心理を分析する。
しかし自分には関係ない。
地図作成に必要な時、必要な力が借りられれば、その他はどうなったって構わないのだ。
テンプルトンは席を立った。
シーナがひょいと片手を振ってくる。
「……ほんとにそうなったら……いいかもね」
らしくない言葉をお礼代わりに包み上げ、テンプルトンは想像してみた。
いつかきちんと落ち着くふたり。
珍しく笑顔を見せるルック、珍しく分かりやすい表情を作らないアスフェル。
ふたりの未来を祈るのは何もシーナだけではないのだ。
(あ、でもそれならその前に、ひとつ恩でも着せとかなきゃ)
はなはだ手前勝手な結論である。
テンプルトンは早速ルックの元へ急いだ。
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