バレンタインに乗り遅れすぎた。
つか死神がついにスピンオフ…!
ぶはは。
笑うとこだよここ。
笑うしかないよ本当に。
えーと、「死神キキョウその他イ」っていうタイトルに変更する可能性がゼロではないことをここに記しておきたいと思います。
…やだ何その可能性超怖い、死神怖い。
死神界にバレンタインデーなんて、あるわけが、ない。
「――お前は死神界の革命児なのか破壊者なのか、ってオイコラ聞いてんのかキキョウ!!」
「…テッドぉ……、これ、へん……」
「誰だ6歳児にブランデーボンボン貢いだボケはぁあ!! アル中でぶっ倒れんぞ!!」
没収! 俺はキキョウからチョコレート数個を強制的に取り上げた。
俺が面倒を見てやることになった新米死神のキキョウ、外見年齢6歳にして性的フェロモン垂れ流しまくりの悩殺薄幸少年は、目下、段ボール箱に山盛りのチョコレートを一人で平らげようとしているところである。
つーか俺ら水以外飲み食いしなくていいんだけど。誰だよこいつにチョコ食っていいっつったのは。こいつ馬鹿だから全部食う気だぜ。食ったところで消化吸収されずにそのまま排泄されんだぜ。
(いや、キキョウのことだからもしかするとちゃんと栄養に回って身長伸びたりしてな。成長期っつって)
何せキキョウはいろいろな意味で規格外なのだ。
まず、キキョウはこの幼稚園児丸出しの外見にまったく似合わず、死神としてチートなくらい優秀だ。私情を一切挟まない。やれと言われたら赤子の魂でも一片の躊躇なく刈り取るし、極悪人の自堕落に満ちた幸せな老後を暖かい目で見守りもする。命令に背くことは絶対しなければ言われないことも決してしない。死神としてこれ以上ないほどの逸材だ。
そして同時に、キキョウは他の死神たちの感情を乱す存在でもあった。キキョウは、男でも女でも、二晩空けずに誰かと裸で同衾するのだ。
ナニをしているのかって俺に聞くんじゃねぇよ、大方想像通りだ! 信っじらんねぇ、6歳児だぜ。下生えもなければそもそもさ、キキョウはさ、出ねぇだろ、アレが。だからナニしたって快感もクソもねぇんじゃね? あんのか? どうなんだ?
「なぁキキョウ」
「…はい」
「お前、セッ――いや、何でもね」
聞けねぇだろ馬鹿! 俺の馬鹿! 阿呆!
つか大前提として死神というものは生物であった頃の生存欲求から解放される。食欲も睡眠欲も、もちろん性欲なんてもってのほか、体内から完全に消え失せているはずなのだ。
「あー……お前さ、今夜はどこ行くとか、誰と会うとか、どうなんだ?」
「…しらない」
「知らないって」
「…うん」
「うんって……いやお前、うんってさぁ……」
苦し紛れに話題を変えたつもりが完全に俺のミステイクだった。
これはつまり、あれだ、誰かが言いがかり的に今日はどこそこへ行く予定だったろうと誘ってくるのを死神業務の一環みたいにほいほい受けて付いて行ってる感じだよな。馬鹿だよなこいつ。ほんとに全然反抗しねぇの。ひたすら従順、いくら死神としては優秀な素質でも、実生活――なんてもんが死神にあるわけないんだが――では致命的な欠陥だ。
……あれ?
俺今すごいことに気付いたんじゃね?
つまり、今夜のキキョウをチョコのお礼だのセイントバレンタインだのであんあん言わさなくていい方法が確実に一つあるってことだよな?
はい、俺、ご愁傷様。
「キキョウ。お前、今夜俺んちで晩メシ決定」
「…はい」
「すんげぇうまい水があんだよ、硬水飲んだことあったっけか」
「…ない」
「だろうなー、俺レベルの幹部にならねぇと手に入らねぇから。いいかキキョウ、今日は硬水飲んで、じっくり、死神界の今後と将来と行く末について語り合おう。な」
「…はいっ」
俺は何か間違えただろうか。
キキョウは実に朗らかに笑った。丸い水色の目がきゅうと細まって、血色のよい頬が真っ赤に熟れて、血より鮮やかな朱色の唇から、綺麗に並んだ真っ白い小さな歯の輝きがこぼれた。
(――あっぶね)
ミイラ取りがミイラになってはならない。
鼻に皺を寄せた俺は、目下死神界の厳然たる秩序を取り戻すべく、チョコレートを段ボール箱ごと俺の必殺技である「冥府」の餌食にしたのだった。
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