ルックの日おめでとー!!!
ってなわけで、かるーいギャグです。
深く考えずに書いたので視点やら時系列やらいろいろと読みづらそうなんですが、読み返すのもめんどくさいんでそのまま投稿しちゃいます。
あーやっぱ坊ルク書きやすい!
楽しい!
幸せ!
坊ルクってか、正確には1時代の坊+ルックです。
モブもちょろっと出てきます。
ルックが風邪を引いたと聞いて、アスフェルは見舞いにすっ飛んだ。
「……たいしたこ、とな、ッげほげほげほ」
「ルック!」
ルックは魔法兵団の幹部である今も六人部屋を使っている。ベッドが二列に三つずつ並び、それぞれのスペースを垂れ布で仕切った、まるで病室のような部屋だ。急激に人の増えた解放軍は城の増築が間に合わず、部屋数が足りていないのである。
そこに軍主が押しかけたというので、一般兵卒が我も我もと群がっていた。ルックの相部屋である魔法兵らは自主的に部屋の警備をしている。ルックのいる奥側へは鼠一匹通さない。
「あんた、めいわく……」
「薬は? リュウカンにはもう診せたのか?」
ルックは無言でサイドボードへ顎をしゃくった。粉薬と水差しが乗せられている。それからほかほかと湯気を立てているオートミールも。
「すまない。食事中だったのか」
慌ててアスフェルが頭を下げると、ルックは面倒そうに首を振った。気にしないで、の意味かと思ったらどうやら違うようである。隣のベッドを使う魔法兵が布越しに恐る恐る口を挟む。
「団長、食べてくれないんス」
「何故だ?」
「食欲がないとおっしゃるんス。アスフェル様、何とか説得できないスか」
アスフェルが布を捲って応じると、まだ若年の魔法兵は頬に朱を上らせた。アスフェルに憧れる兵士は多い。指で招き、魔法兵に耳打ちする。
「米をだし汁で煮てやってくれ。宿屋のマリーに言えば分かる」
ルックは熱があるようだった。ルックへ敬礼してから全速力で去ってゆく魔法兵を、潤んだ眼差しで見送っている。眉間に刻まれた皺が取れない。
ルックを魔法兵団長へ推挙したのはアスフェルだった。もちろん他により良い人材がいればいつでもすげ替えるつもりだが、現状、ルックより魔力に秀でている宿星はいないのだ。だから本当はルックが団長を務めるに足るとは思っていない。性格に難ありとマッシュは評し、アスフェルもそれに同意している。
けれど。
「慕われてはいるんだな、ルック」
「はぁ? 誰が? 誰に?」
ルックは咳がひどかった。少し話すだけで嫌な咳を繰り返した。アスフェルが午前中の軍事演習の様子などルックにも興味のありそうな雑談を聞かせるのへ、黙って頷けばいいものをいちいち嫌味に突っかかる。風邪ごときで話もまともにできない軟弱者だと思われたくないのだ。そのせいで激しく噎せようと止める様子もない。
見舞いは却って回復の妨げになるだろう。ルックの虚勢からそう判断するのが妥当だ。
しかしアスフェルは簡素な折りたたみ椅子を温め続けた。この場を離れ難かった。米を炊いた粥が来るまでと自分に弁明し、奪取したネクロード城の始末などああでもないこうでもないと討論した。
「……あんた、何でおかゆを作らせたの」
話が途切れる頃、ぽつりとルックが声を落とした。俯いて、人差し指の逆剥けを撫でつけている。
ルックのベッドは窓際に面していた。トラン湖へ沈む夕陽がよく見えた。アスフェルには少し眩しいくらいだが、ルックを照らす橙色があまりにも鮮やかでなかなかカーテンを閉められなかった。それを閉める。閉めながら背中で返事する。
「牛乳が好きではない、と聞いたから」
オートミールは牛乳で炊き、砂糖とジャムで調味されていた。
「……うん。嫌い」
振り向きたくなる。アスフェルは息を止めて堪える。背中越しにルックがそうっとアスフェルを見上げる気配を窺う。
「牛の赤ん坊が、あれを飲むんでしょ。……気持ち悪くて」
風邪はルックをも弱気にするのだ。ルックが、単なる食物の好き嫌いにしろ、弱音を吐いたのは初めてだった。
実はルックの地雷であった。赤ん坊は母親の乳を飲む、アスフェルにとって当たり前のことがルックには当たり前でなかったのだ。ルックは赤ん坊であったことがない。試験管で培養されたいくつもの部品、人体の一部同士を、紋章の力で繋ぎ合わされて生まれている。だから母乳に嫉妬し、羨望し、そんな思いを抱いている事実から目を逸らそうと牛乳そのものを嫌悪するのだ。
ルック自身にもそこまでの自覚は毛頭なかった。だがアスフェルに、ルックには何か後ろ暗い思い出があるらしいと憶測させるには十分だった。
「さーせん! オカユとかいうの、できたッス!」
魔法兵が布の外から声をかけた。アスフェルが粥と薬味と果物の乗ったトレーを受け取った。立ち去り難そうな魔法兵を招き入れる。ルックがあからさまにむっとしたが、アスフェルはどこ吹く顔で応じる。
「ルック、いただきますは?」
「……見られてちゃ食べられないよ」
「見なかったら食べないだろう」
「そっそうなんスよアスフェル様! 食べてもらわないと自分が怒られるんスよ!」
魔法兵は涙目だった。折りたたみ椅子が一つしかないためアスフェルの斜め後ろに立ち、なァみんな!と同室の兵へ呼びかけている。応ッと兵らが声を揃える。
ルックは慕われているんだな。
もう一度、今度は心の中でだけ、アスフェルは満足げに言った。
「仕方ない。団長を案ずる魔法兵諸君を慮り、俺が責任を持ってルックに粥を平らげさせよう」
蓮華に粥とゆず味噌を掬う。息を吹きかけ、よく冷ましてから、むくれるルックの口元へ運ぶ。若年の魔法兵へは後ろを向くよう目配せした。ルックはつんと顔を背けている。
「ルック? 口移しの方がいい?」
アスフェルは楽しくてたまらなかった。
後に魔法兵は語る。
――アスフェル様の目、イタズラっこみたいに輝いてたんス! もうかわいくてかっこよくて! 団長も目をつぶってえいって感じで食べちゃうし、アスフェル様神! カリスマ! 魔王様! 自分一生アスフェル様の下僕やるッス!
それ以来本当に、魔法兵はアスフェルの使いっ走りを担っている。
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