更新履歴 兼 戯言ブログ
好き。
――と僕は言ったことがない。アスフェルに。
アスフェルは口笛を吹きながら魚を釣っていた。僕はその横で魚の餌になるみみずを見ている。僕が集めたんだ。あそこの石や、落ち葉の山をひっくり返して。だから僕の五指は爪の中に土が入り込んでいる。秋晴れでしっとり汗も掻いたし、今夜は丁寧に入浴しよう。
好き。
好き。
――と言ったらアスフェルは驚くだろう。喜ぶのは驚いた後に違いない。その驚きも、「ああ驚いた。明日は雨か?」などという生易しいものでなく、「どうしたルック、蝮に咬まれた!? それとも俺に不治の病を隠していたのか!?」というような、尋常でない事態を予想した上で驚愕するに違いない。
アスフェルは釣竿を引いた。釣り針の先には魚も餌も付いていない。餌だけ食い逃げされたのだ。僕が無言でみみずを差し出すと、アスフェルはありがとうも言わず受け取る。
最近やっと、二人の間でのやり取りが簡略化されてきた。ちょっと前までアスフェルは生真面目なくらい僕にありがとうを言っていたし、朝はおはよう、昼は大好きだよ、夜は愛してると毎日毎日耳にたこが鈴鳴りになるくらい聞かされてきた。だけどそれがだんだん少なくなってきて、ううん、愛情が薄れたんじゃないんだ、言う必要がなくなったんだ。言わなくたって僕はアスフェルの気持ちを簡単に想像できるようになった。僕に感謝してるんだなぁとか、僕が好きでたまらないんだろうなぁとか。
好き。
好き。
ねぇアスフェル、アスフェル、大好き。
――なんて僕が言うと思った? 言えるわけがない!
アスフェルが今度は微笑みながら釣竿を引く。銀色の魚が尾をしならせて釣り上げられる。アスフェルは僕へ目をやって、何も言わない。釣れたよルック、良かった、今夜はまともな食事にありつけそうだ。多分そんなことを目で訴えている。
アスフェルは見た目だけなら二十歳に満たない若者だけど、本当は老爺と言って差し支えない年齢だった。もちろん僕も。なのに僕たちはちっとも老成しなくて、アスフェルが僕を見る眼差しはまるで子供のようにきらきらしている。活き活きしているのだ。僕はアスフェルの目を見るのが本当に好きで、黒々とした瞳孔の裏をいつも覗きたいと思っている。情熱とか希望とか、明るく前向きなものがたくさん詰まっていると思うんだ。
僕が魚を針から取ると、アスフェルはきゅっと目を細めた。ありがとうの意だ。
「……アスフェル?」
「何?」
魚を桶に泳がせる。水は冷たい。真っ赤な落ち葉が一葉、鱗のような雲が一筋。
「僕、僕さ、」
「うん」
「……蒸し焼きがいい」
好き。
「……俺も」
アスフェルが頷く。
アスフェルは再び釣竿を垂らした。僕は赤とんぼを眺めながら横にいた。結果はみみず四匹に対し魚三尾で、魚が余程間抜けだったのか、アスフェルの釣りの腕が良いのか、僕たちは少しだけ議論した。議論が高じてなぜか彼の本能を僕の深いところで受け入れる羽目になったのだけど、前回のソレがちょうど一週間前だったので、あぁ、アスフェルは今日を見計らっていたのだなぁと僕は最中に失笑してしまった。
マンネリ?
ふぅん、そういう単語があるんだね。僕たちには当てはまらないと思うけど。
「ルック。明日、出立しようか。ハルモニアへ」
――ほらね。
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