兎虎クラスタへ坊ルクを布教!
王道、1時代でツンツンルック!
…のはずが、激しく間違えました。
坊ルクに頭が切り替わらなかった。
むしろフリックがいかに不幸青年かを語る同好会発足しかけた。
兵らが鍛練場へフリックを呼んだ。ただならぬ様子に、フリックは愛刀オデッサを帯びた。駆け抜ける城内が不穏な空気だ。人々は皆鍛練場の方角を見ては囁き合っている。
「どうした、何があっーーうお!」
鍛練場に入った途端、轟音とともに吹き荒れる風が押し寄せた。フリックは咄嗟に自身と兵を庇う。
中央はルックだ。風圧に身体を少し浮かばせ、練り上げた魔力がロッドを明滅させている。ルックの体重が重く見積もったとしても四十キログラムあるだろうか。その四十キロを浮かべるのみならず、爆風の中心地で姿勢制御も難なくやってのけている。フリックを見ても顔色ひとつ変えないルックに、さすがのフリックも背筋が泡立つ。
そして端には、我らがリーダー、アスフェルがいた。棍を一裁きして爆風をいなし、際どく口角をつり上げる。風にバンダナが切り裂かれるも好戦的な眼差しは怯まない。棍を大きく振りかぶる。
「行くよ、ルック」
爆風にも優美な声が響いた。
どっとアスフェルが地を蹴った。わずか数歩で間合いを詰める。棍は低く構えられており、神速の突きがルックに入る。
ルックは突風の壁を打ち立てた。棍が切っ先を跳ね上げられて、煽られたアスフェルも体勢を崩した。が、アスフェルは風に乗って背面へ宙返りする。事も無げに着地し、棍を振るう。
その間にルックはもう次の詠唱をすませていた。着地したアスフェルの足元を風の刃がすかさず抉った。アスフェルは軽快に飛び退る。鍛練場の板葺きの床が豆腐のように削られてゆく。
間合いが広まればルックが有利だ。容赦なく放たれるレベル4魔法「あらし」。広範囲を切り裂く攻撃に、フリックは身代わり地蔵で対抗した。が、もたない。兵を背へ庇うフリックの、アイテムを掲げる指から血が出る。アスフェルにも身代わり地蔵を投げようとしたが、とても割り込めない。
アスフェルは木の葉のように動いた。襲い来る烈風から風向を見切って身を翻す。服が、黒髪が、動くたび千切れて舞い上がった。頬も裂けている。傷が深いのか、顎まで鮮血が垂れている。
ルックが高魔法を放った直後はどうしても一瞬無防備になる。その瞬間、フリックが爆風に目を閉じていた短く些細なその瞬間を、アスフェルは過たず狙い打った。裂帛の気合いとともに上段からルックへ棍を振り下ろした。
「もらった!」
「甘いよ、アスフェル」
空間が歪んだ、ように見えた。あのアスフェルが棍を空振った。
眠りの風だ。
咄嗟に練ったルックの魔法は威力が弱いためアスフェルを眠らせるほどではない。ルックも承知の上だろう。しかし爆風の吹き荒れる空間にあって、眠りを誘う粘った風は下降気流を生み出したのだ。フリックの長剣ならもっと影響を受けたろう。軽い棍撃でさえ反らすのだから。
だがアスフェルはにやりと笑んだ。反らされたまま勢いを殺さず、棍を振り切って反動でルックを攻撃した。棍を防ごうと翳したロッドごと、ルックの頭にヒットする。次いで柔軟なアスフェルの回し蹴りが風を掻い潜って脇腹に入る。ルックの身体が容易く吹っ飛ぶ。
「フリック!」
ルックはちょうどフリックの真正面へ吹っ飛んできた。フリックはアスフェルに大呼され反射的にルックの身体を受け止めた。
「アスフェル、お前狙って俺んとこに蹴り飛ばしたな」
「当然。ルックが壁や床に当たって無事で済むわけがないだろう」
荒ぶる風は止んでいた。ルックは頭から血を流している。髪の生え際の打撲傷だ。
「脳震盪は……大丈夫か。おいアスフェル、子供相手にやりすぎだ。脳挫傷にでもなってみろ、紋章でも回復不可能だぜ」
腰を抜かした背後の兵へ救急箱を取りに行かせると、フリックはアスフェルを睨み付けた。何があったか吐けリーダー、と目で促す。
アスフェルは答えず、ただ優美に肩を竦めた。
「フリック、失言」
「は?」
「子供扱いしないで青二才」
下から風の刃が吹いた。フリックは咄嗟に上体を捻ったが刃は耳朶を切り裂いた。痛みは後から知覚する。切れ味が良すぎて切れたとしばらく気付かないのだ。
ルックはフリックを突き飛ばすようにして腕から逃げた。身体を受け止めてやった礼はもちろんない。
「頭部への一撃が軽く済んだな」
「そうだね。僕じゃなかったら大したダメージにならなかったよ」
「おいお前ら、話が見えない」
フリックは無理やり会話へ割り込んだ。アスフェルとルックが、同時にきょとんとした眼差しを返した。
「話も何も、新技の開発だよ」
ルックが暢気なことを言う。アスフェルも頷いている。
「眠りの風をもっと効果的な攻撃補助に使えないかと。な、ルック」
「でも棍の切っ先を反らすのが精いっぱいだった。こいつ相手じゃなかったら自滅を誘うくらいできたかもしれないけど」
自滅も何も、フリックなら剣を手放していただろう。相手の得物がロッドでなければ一巻の終わりだ。
「で、その開発とやらにルックがあらしをぶっ放す必要はあるのか?」
「青いのこそ何で観戦に来たのさ。もしかしてアスフェルが死ぬとでも思った? はっ、この程度で死ぬ軍主なら、この戦争、生き残れないよ」
フリックは歯がみする。ルックに口で勝てるはずがない。
救急箱を兵が寄越した。フリックは受け取り消毒薬を出す。すると、見つめていたルックが我に返ったように手のひらへ癒しの風を集めた。
「僕がやる」
まずはアスフェルの頬を撫でる。裂傷が跡形もなく消える。アスフェルがフリックの指先を示し、ルックは嫌そうにそこも癒した。それから自身の頭部を癒す。
一度の発動で三人分の傷を癒す手並みは鮮やか、見事の一言に尽きた。さすが軍内でも随一を誇る腕前である。
この毒舌とあくなき探究心がなければな、とフリックは思う。
「青いの今、僕にため息ついたでしょ」
「いや?」
「悔しかったらあんたも雷魔法をもうちょっと鍛練するんだね。「雷雨」でダメージ百五十越えないとかあり得ないから」
「あれ普通は百程度なんだからな……」
アスフェルは腹を抱えている。ルックは頭の血痕を手で拭い、拭い切れない量の出血に舌打ちしている。
場の収束を計るべく、フリックはアスフェルの頭を小突いた。
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