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夕 凪 大 地

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「アイスクリーム」

推敲する時間がなくなった!

お題は「ルック」と「アイスクリーム」です。












 自惚れよう。ルックに初めてアイスクリームを食べさせたのは俺だ。

 ルックはアイスクリームを食べたことがなかった。ジュースすら飲んだことがなかったのだから、況やアイスクリームをや、である。
 俺も嗜好品を積極的に摂取する方ではなかったが、ルックのそれは、度を超えている。師匠とやらが彼に施した教育の一端が窺い知れよう。

「アスフェル、何これ!」

 ルックに初めて口を付けさせたのは棒状のバニラアイスだ。

 ルックはぱっと口を離した。兎が跳ねるようだった。俺を睨み付ける目は、まるで満月に絵筆で点を描いたよう。アイスを手放さなかったのは単に驚嘆で指の筋肉が強張ってしまったからだ。

 齧った拍子に欠けたアイスがルックの膝へ落ちた。

「歯が冷たい」

 ルックは唇を尖らせて言う。舌で歯を撫でているらしい。白い液体が口から漏れている。
 落ちたかけらを手で払い除けようとして、ルックは膝にアイスを塗り込んだ。何せ暑い夏の昼だったから、ルックは珍しく法衣を脱いでいたのだ。

 ルックは肌着しか着ていなかった。脱いだ法衣とこれから着替える分の二着が整然と畳まれ積まれていた。
 だから俺は目のやり場に困ったことを覚えている。

 無論、ルックは同性だけれど、はんなりとした後ろ姿は少女のように可憐だったのだ。解放軍に属したものならだれでも一度は見間違えている。

「……僕これ嫌い」

 不服そうに、しかしルックは二口、三口と立て続けに齧ってから言った。
 気に入ったのはアイスの冷たさだけで、牛乳のような見た目、味が、彼は苦手だったのだ。知ったのは後になってからである。俺はてっきりいつものルックらしい毒舌の一部だと思い込み、目を細めてルックを見ていた。

 少しずつ齧るルックが小動物のようで、愛らしかった。

「あんたは食べないの?」
「俺はもういただいたよ。それはルックのために分けてもらってきたんだ」
「……まだ食べる?」
「一口なら」

 ルックがアイスを俺の口許へ差し出した。俺はルックに棒を持たせたまま、一口で半分以上を食べた。
 きっとそうすればルックが拗ねると思ったのだ。ほら、やっぱりアイスが苦手なんて嘘だろう? 軽くからかうつもりだった。

「歯にしみない?」

 けれど、ルックは拗ねなかった。
 棒が露出したアイスの残りを振り回しつつ、小さく小さく、笑っていた。

 次から俺はオレンジやパイナップルなど、シャーベット状のアイスクリームをルックに渡した。ルックは歯が冷たいとお決まりの文句を垂れながら、俺に一口もくれなかった。それで俺は彼の牛乳嫌いに薄々気が付いて、妙な親近感を持ったものだ。

 なぜ親近感かって、それは、……言いたくないんだけれど。

「ね、アスフェル、この桃はアイスにできない? 風で絶対零度まで凍らせたら」
「紋章を無駄撃ちする気か?」
「もうすぐ街でしょ。宿屋だって道具屋だってあるよ」

 あれから短くはないとし月が経って、ルックと俺は二人で大いなる旅に出ている。
 会わなかった間にすっかり大人びてしまったルックだけれど、たまにこうして、解放軍時代を思い出させることを言う。

「それより、あの枝に成っている方がおいしそうじゃないかな。俺が取ろう」
「何だ、あんたも食べたかったんじゃない」

 だから俺はそのたび、ルックを甘やかしてしまうんだ。


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