字書きの落書きって?
私の場合、ヤマもオチもイミもないワンシーンを数時間で書いたもの、でしょうか。
ただ自分の萌える動作を描写しただけのやつ?
そんなわけで、落書きについてもやもや考えていたら急に坊ルクが書きたくなったので2時間で勢いよく書いてみました。
あっさりめの3後坊ルクです。
早朝にツイッターで流したのと一緒です。
ルックは編み上げブーツを忌々しげに見つめている。ルックの左足首は、真っ赤に腫れ上がっている。
昨日、戦闘で骨折した。けれど戦闘時は他ならぬブーツがルックの足を締め付けていたため、さほど痛みを感じずにすんだ。ところが宿屋で靴を脱ぐと、足首がいつもの倍の太さになっている。痛みで歩くこともままならない。風の魔法で骨折は治癒できたけれど、足首の腫れは自然に引くのを待つよりない。
ルックはブーツの紐をほどいた。いつもなら上端を寛げるだけで履けるが、今は下端まですべてほどかねばならない。後に元通り編み上げる面倒を想像し、ルックは思わず舌打ちしている。
紐をほどき終えたら、バナナでも剥くようにブーツを広げた。左足をさっそくブーツへ入れる。
足自体はまともに動かないから手で爪先をできるだけ動かさず入れ、続いて踵をブーツに収めた。踵が靴底へ触れると飛び上がりそうに痛い。痛みを押してブーツの側面で足を包むが、これでは歩くどころか、平気な表情を保つことさえ困難だ。
ルックは諦めて左足を抜いた。何らかのサポーターが必要だ。部屋を見回し、洗い替え用の靴下へ目を付ける。歩けないから手元のロッドで手繰り寄せる。一足分、計二本の靴下を、包帯のように足首へ巻く。
「……最低……」
靴下を足首へ巻いた己の不恰好に、ルックは恨めしく独りごちた。しかし足首はほどよく固定されている。試しに再度、ブーツへ足を入れてみれば、今度はそこまで痛まない。靴下がちょうど良いクッションになっている。
ルックはブーツを編み上げ始めた。足首を締める時はさすがに痛みへ仰け反ったが、一度締めてしまえば安定感がある。ただし靴下を巻いた場所だけやや膨らんでいて、ブーツのシルエットが台無しだ。どうかあいつへ気付かれませんように、とルックは歯を食いしばって念じる。
足首がいつもより太くなった分、編み上げた紐の余りがいつもより短くなった。ちょうちょ結びはできたが、いつもより小さい。健常な右足とのバランスが悪くなりそうだ。
熟考の末、ルックは右のブーツも途中まで紐をほどいた。足を入れると少しゆるめに締め直し、ちょうちょ結びが左右で同じくらいの大きさになるよう調節した。
「よし、完璧」
そっと立ってみる。靴下とブーツの双方に補強され、足首の負担がかなり軽減されている。
ルックは他の荷物をまとめた。何食わぬ顔で部屋を出る。宿屋の支払いはもうすませてあったから、ルックは誰にも声をかけられることなく外へ出た。歩き方に不自然はなさそうだ。
外には、すでに旅の同行者が待っている。目端が異様に利く男、アスフェルである。
「おはよう、ルック。昨夜は何も食べずに寝ただろう。疲れは取れた?」
「うん」
ルックはゆっくり近付いた。アスフェルと目を合わせられない。荷物を抱え直すふりをして場をしのぐ。
素直になれない自分が嫌いだ。素直に弱味を見せられない自分も、素直に手伝ってと言えない自分も。ルックは自己嫌悪で憂鬱になるが、性格は今さら変えられない。精いっぱい虚勢を張るしかない。
予定では今日中に次の町まで歩かねばならなかった。ルックはアスフェルの持つ地図を覗き込んだ。アスフェルが道順を説明する。ルックが頷けば、行こうか、と未整備の街道を指差す。
ルックはロッドを左手に持ち替えた。
「――なんて、本当に行くとでも思った?」
「……何さ」
「ロッドじゃ松葉杖の代わりにならないよ。少ないとはいえモンスターも出るんだ、どうやって敵の攻撃を避ける?」
やはり、気付かれていた。
ルックは下唇を噛んだ。これだから目端の利く男は嫌いだ。もう少し観察眼が鈍くても日常へ差し障らないだろうに。
「だけど僕たちは、こんなとこで悠長に時間を潰してなんか」
「そうだな」
急いでいるのだ。近々、国家間紛争が起こりそうだと噂に聞いた。紛争の起こる前に駆けつけなければ意味がない。それが宿星戦争かどうかを見定めなければならないのだ。
ルックは焦っていた。自分の骨折で出立を遅らせるわけにはいかない。
アスフェルが大きく溜息を吐き、ルックは闇雲に身構えた。
「ルック。俺は、世界よりルックが大事なんだよ。……肩を貸す」
「え」
「馬車を手配した。馬屋まで少し歩くけれど、次の町で乗り捨てていいそうだ」
「アスフェル」
ルックの希望を叶えつつルックの身体も思いやりたい、などと語るアスフェルの声は馬鹿みたいに陽気だった。
一つを選ぶなら他を我慢するしかない。ルックはそう思い込んでいたしこれまでもそうして生きてきたけれど、アスフェルはすべてを掴み取ってしまう。掌が広い。広げた腕の間に抱え込めるものが、アスフェルはとんでもなく広いのだ。
そして、今の場合なら馬屋との交渉や支払った金銭など、本来不必要だったはずの手間賃に関して、彼は損をしたという感覚に陥らないのだろう。欲しいものとそのため投資すべきものとが、整然と区別されている。
「あんたさ、僕にテレポート使えって言ったことないよね」
「使いたくないんだろう?」
「そうだけど今は使うのがいちばん早いじゃない」
「使いたくないなら使わない。ルック、馬車の中で軽食を摂ろう。俺にその足を見られたくないからって昨夜断食した分も、憂鬱だからって抜いた今朝の分も、しっかり食べてもらうよ」
ルックは顔に火が点くのを感じた。慌てて鎮めようとしたけれど、頬がどんどん赤く火照る。
甘やかされるのに慣れていないのだ。
ルックは左足を地面から離した。荷物とロッドは地面へ放り投げて、右足だけで数歩跳んだ。アスフェルが両腕で抱き止めてくれると、恥ずかしげもなく心待ちにする。往来を行き交う人々の視線も今は気にしない。
左足のちょうちょ結びは、早くもほどけかけていた。
PR