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夕 凪 大 地

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「ざりざりしてる」

幻水1発売19周年と聞いて、慌てて掌編!
やまもおちもいみもありませんが、坊っちゃんとルックが話しています。








 梅雨明けを感じさせる昼下がりである。アスフェルが城壁に沿って歩いていると、切り立った崖の近くを明るい金髪が動いていた。姿はほとんど草に埋もれ、陽光を跳ね返す金髪だけがさらさらと草の間に見え隠れしている。

 折りしも、密偵を警戒していたアスフェルだ。もしやと足音を忍ばせる。崖を上ってきたのか降りるつもりか、どちらにせよ不審であることに変わりはない。アスフェルは金髪の背後へ近付き、誰何と同時に腕を捕らえた。

「誰だ」
「えっ? アスフェル、うわ!」

 金髪がよろめき、アスフェルもろとも転倒する。崖へ落ちぬよう体を翻すと、ぬかるんだ泥に足を取られた。二人して頭から泥に突っ込む。

「ちょっとあんた、何すんのさ!」
「――ルック?」
「誰と勘違いしてたわけ」

 泥を拭きつつ顔を上げれば、金髪にべっとり泥を付けた不満顔のルックであった。泥の焦茶色に、白皙の肌が驚くほど引き立つ。白皙を通り越して透明だ。まるで水面を見るようである。

「どけて」

 アスフェルはルックの両脇に腕を突いていた。ルックを押し倒した形だ。
 ごめん、間者だと思って。アスフェルがそう言い訳すると、ルックは大きく瞬いた。

「ほんとだ」

 そして、ふっと表情を緩める。

「最悪。泥まみれ」

 てっきり怒ると思ったのだが、ルックは屈託なく笑った。手の甲で頬に飛んだ泥を拭うも、泥は横に伸びるばかりだ。

 聞けば、ルックは薬草を探していたらしい。独学で薬草くらい扱えると思ったそうだ。しかし薬草は紛らわしくて見分けが付かず、かといって自分の敗北を認めるのも癪だ。引き際を見誤り、崖の近くでうろうろしていたのだという。
 これをルックはできるだけ自分の非にならないよう言うものだから、アスフェルはおかしくてたまらなかった。アスフェル以上の負けず嫌いである。

「白状したんだからそろそろどいてよ」
「そうだな、風呂にでも行くか」

 アスフェルはルックに手を差し出した。いつもなら助けなどはね除けるルックだが、今ばかりは素直にアスフェルの手を掴んだ。泥の中からおっかなびっくり立ち上がる。

「ねぇアスフェル、泥って……」
「ん?」
「いい。何でもない」

 もしかしたらルックは、泥に触れるのが初めてなのかもしれない。泥団子を投げる遊びなどこの少年には似つかわしくなく、いかにも泥を避けて生きてきたような顔をしている。

「……何」
「いや」

 アスフェルは思わずルックの手を握りしめていた。
 引き絞られるような胸の痛みに、まだ名前は付いていない。


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