アスフェル坊ちゃんがたいそうなポエマーだったので、こちらはルック視点でかわいく…かわいく…?
見た目はぴちぴち、頭脳は四十路な二人です。
エロを書こうとしたはずがルックたんぴゅあすぎてエロ本番までいかなかったです。
今夜は、しそうだ。
ルックがそんな予感を抱くのは例えば、アスフェルの爪が短くなっていた時だ。例えば彼が宿屋で暖炉に薪をくべ、寒さにかじかむ指をこすり合わせている姿にはっと気づく。
「ルックもおいで。火が点いた」
アスフェルは煤に汚れた手を差し出して、ルックを優雅に手招きする。あの指が今夜は僕を、と思えば、ルックはそのくいくい動く指先を凝視せざるを得ない。
「僕はいい。やることあるから」
「何を?」
「荷の整理」
「それは助かるけれど、まずは暖を取ってからでも」
「今やりたいの」
ルックの腰は自然、引けている。アスフェルの指を食い入るように見つめていると思い至って、慌てて、しかしできるだけさりげなく、伏し目がちに目を逸らす。
こいつ、いつ爪切った? と昨夜の彼を思い浮かべてみるけれど、特に心当たりはない。いや、昨夜はルックが先に眠ってしまったから、アスフェルはもしかするとルックの寝顔を悶々と眺めていたのかもしれない。「仕方ないな。明日に備えるか」などと独白しつつ爪を切り、もしかすると爪を切ったばかりの武道家らしい、長い指で、ルックの頬や唇を意味ありげに撫でていたのかもしれない。
急にルックの顔がほてる。ルックは慌てて彼に背を向ける。
荷といっても、旅慣れた二人のことだからそうかさばるものは持っていない。特に整理するほどでもないため、ルックは言い訳の苦しさにむかむかする。失策だ。舌打ちしたい。しかしこの荷以外に彼から意識を逸らすものはなく、ルックはことさら大きな音を立てて札やら薬やらを袋から出す。
「特効薬が少なくなっていたんじゃないか?」
アスフェルの声が耳の真後ろから聞こえてきた。ルックは飛び上がり、耳を押さえる。
「そうでもないか。どくけしものどあめも足りている」
こいつ、確信犯。
ルックはしっかり耳を押さえたまま、いつの間にか息がかかるほど近くに迫っているアスフェルを睨みつける。アスフェルは知ってか知らずか飄々とした顔だ。ルックの肩越しに腕を伸ばし、ルックを抱きしめるのに似た体勢で荷を検めようとする。
「あんた、汚い。指。煤で」
「ああ、本当だ。洗って来よう」
アスフェルがあっさりルックから離れた。ルックの心臓はどんどんとうるさい。アスフェルが桶の水で手を洗う音を聞きながら、ルックは何度かつばを飲む。このうるさい心臓ごと嚥下できればいいのに。肩の辺りへアスフェルの体臭がほのかに残っているような気がして、ルックはいたたまれない気持ちになる。
ルックはどうも、こういうのが苦手だ。したいかしたくないかといえばしたくないわけではないし、かといってしたくてたまらないわけでもない。だから、今夜はしましょうとも今夜は止めておきましょうとも自分から言葉にすることができない。かといって正面切って今夜はしますかと尋ねるみっともない真似はもっとできなくて、結局ろくに意思表示できぬまま、いざその瞬間が来たるまでアスフェルの出方を窺ってもやもやするしかない。
つまり、やるならやるでさっさと襲ってくれたらいいのに! ということだ。
「ルック」
「なっ何! 何の用? 用がないなら出て行って!」
駄目だ。こうなるともう、ルックはにっちもさっちもいかなくなる。
「用って……はは」
アスフェルが困った顔で笑った。ルックは可愛いな、とお決まりの台詞が今ばかりはしみじみと発せられて、ルックは眉を吊り上げた。
「あんたのそういうとこが嫌い!」
そういうとこ、が具体的にどういうところなのかアスフェルにはきっと伝わるまい。それによしんば伝わったとしても、それはそれで「今夜はルックを襲います」と高らかに宣誓されそうで嫌だ。もっと不意に襲ってほしい。けれどルックにも心の準備というものがいる。いくら不意にといってもそれこそちらりとも悟らせない不意打ちは卑怯だ。
アスフェルはどこまで汲んでいるのか、ルックから少し距離を空けた。手振りだけでルックを暖炉の前へいざなう。暖炉は炎が燃え盛っていて、火の粉が朝焼けのようだ。
ルックはおとなしく暖炉の前へ腰を落ち着けた。揺り椅子など洒落たものはない。床にぺたんと尻を付ける。床はまだ冷たいけれど、火勢はさすがと言うべきか、暖炉で一気に顔が熱くなった。ぱちぱち弾ける火の粉で火傷しそうだ。
暖炉で顔をあぶられながら息を吐く。炭の燃える良い匂いがする。顔の前へ衝立のように両手をかざせば、冷え切った指先が熱で痺れた。いつの間にか緊張でこわばっていたのだ。
ルックを見守っていたアスフェルがそろそろと、まるで泥棒のように足を忍ばせてルックの隣へ座り込む。
「あんた、いつまで笑ってるの」
「前にも似たようなことがあったと思って。俺がルックに口付けそうだ、でもしない時もある、はっきりしないのは嫌いだ、って」
思い当たる節はある。ルックは憮然とアスフェルを睨む。
要するにルックは、いつまでも色事に慣れないのだ。その割に慣れていないと思われるのも癪で、アスフェルへつらく当たってしまう。アスフェルが「そんなルックも可愛いよ」とのたまう盲目的な愛し方をしてくれなかったら、二人はとっくに破綻していたのかもしれない。
いや、ルックだって多少はアスフェルに譲っている。この関係は、決してアスフェル一人の思い込みに依存しているわけでは。
「あの時のルックはどう解決したんだったかな」
アスフェルが右上を見上げてとぼけた。ルックはその小憎らしい表情に歯噛みして、頬を大きく膨らませてみせた。しかし視線がついアスフェルの指先に行く。近くで見るとよく分かる、彼の爪は棍を扱うだけにしてはいやに短く整えられている。
余裕綽々のアスフェルに体当たりするのは、暖炉の薪が透き通るほど真っ赤になってからだ。それまでさんざん焦らしてやる。
待ち遠しい気持ちをこらえるように、ルックは頬の裏側を噛んだ。
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