「時.を.か.け.る.眼.鏡」というタイトルの書籍をお読みになったことがある方、すみません、全然関係ないです!
私はまだ読んでないんですけど、このタイトルを見た時すごくわーとりだなぁと思いまして、そこから我に返ったらなぜかSSができ上がっていました。
萌えって恐ろしいわ。
そんなわけで、ぷらいべったーに投稿したものをこちらにも載せます。
私は修遊のつもりで書いたけど直接的な行為はやっておりませんので、遊修でもリバップルでもご自由に解釈してください。
ちなみに私はこのSSの続きであーるじゅうはちシーンをすごく書きたいんですけど、私がまだキャラをちゃんとつかめてないと思うんですよ。
なので「修はこうだ!」とか「迅さんの語尾はこう!」とか、いろいろ辛口にお聞かせ願えると、それを反映してにゃんにゃんシーンが書けるかなぁと思います。
特に某様どうぞよろしくお願いします。
眼鏡に次々と景色が映る。
それは先日初めて足を踏み入れたボーダー本部の資料庫であったり、久しく帰っていない自宅であったり、修がうんと幼い頃、この三門市へ引っ越す前に住んでいた家の裏庭だったりした。
三雲修はそれらの映像を呆然と眺め、やおら目の前へ右手を突き出す。
眼鏡には一面のチューリップ畑が映っていた。修が家族旅行で訪れたことのある風景だ。そこへ突き出した修の右手は、眼鏡のレンズにしか映っていないはずの赤いチューリップをわし掴みにする。
「掴めた」
修は総毛立った。手のひらに伝わるのはなめらかでひんやりした感触だ。信じがたいが、修は眼鏡越しの景色へ触れることができている。
修は掴んだチューリップをちぎった。そして、ちぎった花びらを握ったまま、左手でそっと眼鏡を外す。
「嘘だろ……」
花びらは修の手の中で、ぐしゃぐしゃに潰れて赤い汁を出していた。
*
この眼鏡は拾得物であった。修の眼鏡だと勘違いした市民がわざわざ届けてくれたのだ。
しかし、デザインといい色合いといい、修のものにも似ているし他の人のものにも似ている。何ら特徴のない眼鏡なのだ。記名もされておらず、眼鏡を落としたという人物も見当たらないため、本来の持ち主を探すのは難しいだろう。かといって捨てるのも忍びない。
さてどうするか、と思案しながら修は何の気なしにその眼鏡をかけてみた。すると眼鏡にさまざまな景色が映し出されたのだ。しかも、眼鏡越しに景色へ干渉できてしまった。
「迅さん、ちょっといいですか」
修は迅悠一へ助けを求めた。リビングに一人でいた彼へ眼鏡を示し、「ぼくがこれからどうなるか、視えますか」と尋ねたのだ。
「んー……普通にランク戦してる」
「明日の試合ですか」
「多分な。結果は五通り視えてるけど、ランク戦をしない未来は視えないぞ」
「そうですか……ありがとうございます」
つまり、この眼鏡のせいで何か取り返しのつかないトラブルは起きなかろうということだ。
「おれもかけてみていいか?」
「どうぞ」
「うおー、見える見える。ははっ、なっつかしいなー」
「えっ? これ、レイジさん?」
「あ、メガネくんにも見えてる?」
「はい」
迅がかけると、眼鏡のレンズへ修の知らない景色が次々映し出された。まるで小さなプロジェクタースクリーンだ。景色の向こうに迅の瞳がうっすら透けて見えている。
「おれのサイドエフェクトに似てるな」
迅が眼鏡を外しながら言った。
「おれは未来だけど、この眼鏡には過去が映るみたいだ」
しかも、迅のサイドエフェクトと違い、眼鏡の着用者以外も映像を視認することができる。幼児向けアニメにでも出てきそうな魔法の道具だ。怪しいことこの上ない。
「迅さん、もしこれが近界民の仕組んだ罠だとしたら」
修は迅と顔を見合わせた。罠にしてもずいぶん不思議な現象であるが、疑ってかかるに越したことはない。いや、それにしても変だ。罠なら罠で、修がチューリップを握りつぶしたことには結局説明が付いていない。
「オサムー。あ、迅さんもいた」
「よう遊真」
その時、空閑遊真がリビングへ顔をのぞかせた。修と目が合うなり頬を綻ばせる。それから目聡く眼鏡を見つけ、真っ赤な瞳をくりくりさせた。
「オサム、眼鏡を新調するのか? どれどれ」
そして二人の制止も虚しく、ひょいと眼鏡をかけたのだ。
*
修は瞬きすらできなかった。
遊真がかけた眼鏡のレンズには、陰惨な戦闘がこれでもかと映し出されているのだ。次々場面は転換するけれどどれもこれも激戦だ。レンズの向こう側にある遊真の瞳が、飛び散る血糊に見えるほどである。
「親父」
突然、遊真が咽喉から絞り出すような声を上げた。レンズには男性の背中が映っている。大きさこそ違えど、遊真と雰囲気がそっくりだ。どうやらこれが空閑有吾らしい。
「親父」
遊真が無意識にだろう、腕を伸ばす。声はか細く揺れている。
「オサム、親父が」
遊真は何だか泣き出しそうだ。
そこで修ははっとした。もしやこれは、有吾が亡くなった時の景色ではないか。遊真は有吾と別行動を取っている間に瀕死の重傷を負ったと聞いている。ならば、この景色は別行動を取る直前なのか。
「空閑! 眼鏡を外せ!」
「親父……!」
遊真はぐっと手を伸ばした。その手が何か、まるで服の裾でも掴むような仕草をして、遊真が驚きに目を瞠った。
修は咄嗟に遊真の正面へ立ち塞がる。遊真が服の裾らしきものを手繰り、修はレンズ越しに遊真の肩を掴んで揺さぶる。
「おい、遊真! メガネくん!」
迅が叫ぶも間に合わない。ふいに爪先が浮いたと思ったら、修は眼鏡のレンズへ引きずり込まれていった。
*
固い地面に落下するような衝撃の後、修は自分がレンズの中にいることを知った。さっきまでレンズに映っていた景色が、今、目の前に広がっている。
「誰だ、おまえ」
「空閑……ええっ!」
修が肩を掴んでいる遊真は、髪が黒かった。目は茶色で、修を訝しげに睨んでいる。表情も少し幼いようだ。
有吾の背中はすでに遠ざかっていた。修は慌てて「親父さんと死に別れるぞ!」と言ったのだが、黒髪の遊真は「ていうか、おまえ何?」と修に不審な目を向けるばかりだ。そうこうするうち敵が攻めてきて、市街地はまさに乱戦となる。黒髪の遊真も戦いの渦中に飛び込んで行った。
――どうする、ぼくはどうすればいい?
どうすればレンズの外に出られるのだろうか。それまでここでどう過ごせば良いのだろう。遊真に助力すれば良いのか、有吾にわけを話して遊真を守ってもらうか。そもそもここはどこなんだ?
「過去」
つぶやいて修は愕然とする。嘘みたいだが、もしこれが本当に過去だとしたら、修はタイムワープしたことになる。もしくはタイムトラベル、タイムリープ、何でも良い。
修の意識だけがここにいるのか、肉体、あるいは存在ごとここへ来てしまったのか。手のひらを握ったり開いたりしてみるけれど、自分が虚像か実像なのかは分からない。
しかし仮にここが過去だとしよう。レンズが4D映像による架空の空間を作るような性質のものなら何をどう壊しても差し障りなかろうが、もしここが過去の世界だと仮定するなら、何かを壊すことでその後の運命が大きく変わることだってあり得る。
「歴史が変わる」
SF映画でよくありそうな話だ。
だけど迅は、混濁した未来を予知しなかった。ということは修がここで何をしても未来に影響はないということだ。
「……本当か?」
この考え方が正しいのか間違っているのか、確かめるカードは手持ちにない。ともかく、今は遊真から目を離さないことだ。
修は遊真の後を追って戦場へ躍り出た。ところが修は遊真の敵にも味方にも剣を向けられる。どちらの陣営から見ても、見覚えのないトリガー持ちはとりあえず行動不能にしておけ、という理屈になるのだ。応戦しようにも地理さえ分からず、修はひたすら逃げ惑う。
「おまえ、弱いな」
すると黒髪の遊真の方から修のそばへ寄ってきた。修が自分より弱いと知って警戒心を緩めたらしい。それが命取りだと言ってやりたいが、今は先に伝えなければならないことがある。
「空閑、気を付けろ。おまえより強い敵が来るぞ」
「だから何なんだおまえ」
しかし、一歩遅かった。修と遊真の前に敵影が現れたのだ。
「おっ、こいつか。噂の黒トリガー使い」
黒髪の遊真は好戦的に身構えた。修は蛇に睨まれた蛙のように、ぞっと背筋を粟立てる。格が違う、と肌で分かる相手である。
「空閑、聞いてくれ」
「おまえはじっとしてろ」
修が口を挟む間もない。黒髪の遊真と敵の黒トリガー使いによる、戦いの火蓋が切って落とされる。
「空閑!」
修は必死で考えた。このままじゃ遊真は深手を負う。そして有吾が黒トリガーとなって遊真の肉体を生き永らえさせる。遊真の心には一生消えぬ傷が残るだろう。
ならば逆に、ここで遊真が深手を負わなかったらどうなるだろう? 有吾は黒トリガーにならず、二人は「危なかったな」「黒トリガーと戦うなんて、良い経験をしたもんだ」などと笑い合って旅を続けるのだろうか。そうすれば遊真は父の死を気に病むことなくすくすくと成長するだろう。年相応に身長が伸び、父の教えで戦闘力を上げ、やがて修より立派な、心身ともに成熟した戦士となって、近界中にその名を馳せるかもしれない。
その代わり、遊真が修と出会うことはない。修や雨取千佳とチームを組み、玉狛支部の先輩に厳しくしごかれることも、本部で実力の拮抗した仲間と火花を散らすこともない。
だけど修は知っているのだ、未来は変わらないという迅の予知を。ここで修がどう動こうと遊真は重傷を負うのだろうし、有吾はトリオンを使い果たす。失意の遊真はレプリカと二人であてどない旅をし、やがて修と出会い、皆と出会い、レプリカと別れ、近界を目指し、慌しい日々を過ごしながらたまに切なく空を仰ぐ。
「ぼくは」
修は顔を上げた。ああ、黒髪の遊真が膝を突いている。そして遊真に黒トリガーの刃が迫る。
「空閑!」
いろいろ考えても最後に動くのは心だ。湧き上がる情だ。
修は遊真の前に飛び出した。レイガストではきっと黒トリガーを受け止め切れないだろう、修の身をも盾にしてようやく相殺できるかどうかだ。もしかしたら修ごと遊真まで貫かれるかもしれない。修の行為はまったく意味がないかもしれない。
「生きろ、空閑!」
それでも修は、目の前で遊真が怪我するところを見たくなかったのだ。
修はぎゅっと目を瞑った。過去で修が死んだら未来はどうなるのだろう、とぼんやり思った。いや、迅の予知では死なないのだ。けれど迅とてすべてを見渡せる神ではない。それに、修の死を視てしまった迅があえてとぼけた可能性もある。
修は瞼が貼り付きそうなほど目を瞑り、そして、恐る恐る、瞼を開けた。
*
「オサム!」
瞼を開けると、真ん前に眼鏡のレンズがあった。レンズには腹部を抉られた黒髪の遊真が映っている。そしてレンズの向こうでは、白い髪を持つ方の遊真が切羽詰まった顔で修を睨んでいた。
「く、空閑……?」
「オサム!」
「大丈夫か、メガネくん」
修は白い髪の遊真にぎゅっと両肩を掴まれていた。遊真がレンズ越しに修を引きずり出してくれたようだ。
「オサム、怪我は」
修は首を横に振る。赤い目の遊真へ胸が軋むような郷愁を覚えつつ、レンズの景色に目を凝らす。
黒髪の遊真は瀕死の重傷を負っていた。父の言いつけに従わなかったこと、自らを過信して敵を追いすぎたことを、朦朧としながらも全身全霊で後悔しているのが見て取れた。余力があるなら泣き叫びたいのかもしれない。しかし今や、眉一つ動かすこともできず、ぐったりと死を待っている。
そこへ、ようやく有吾が歩み寄って来た。レンズはまず有吾の足の甲を映し、それから徐々に膝、腰へと視線を上げていく。
「オサムがいた」
「へ、え?」
ところが白髪の遊真はそこで眼鏡を外してしまった。レンズの景色は途端に失せて、ただの無色透明に戻る。
「オサムがいたんだ」
遊真の声は晴れ晴れとしていた。あまりにも晴れやかなものだから毒気を抜かれ、修は言葉を飲み込んだ。
迅を見れば、唇が「後で」と動いている。
「そうそう、修に伝言があったから探してたんだった。かざまさんから」
「……そうか。ありがとう」
遊真は眼鏡をさりげなくダストボックスに投げ捨ててしまい、修はそれを、黙って見て見ぬふりをした。
*
その夜、玉狛支部の屋上で、修は迅と並んで夜空を眺めていた。
「メガネくん、今日はがんばったなあ」
「空閑のことですか?」
「もちろん」
迅は例の眼鏡を持っている。ダストボックスから拾ってきたのだろう、息を吹きかけて埃を払っている。
「このレンズの中にメガネくんが入ったもんだから、おれも遊真もびっくりした。でもな」
迅は声を潜めて言う。
「あいつが急に、『思い出した』って」
「思い出した? 何をですか」
「あの時、あそこにメガネくんがいたことを、だと」
あの戦闘で、無謀にも自分の前に飛び出してきた「敵か味方かよく分からないやつ」のことを、これまで遊真はすっかり忘れていたのだという。
「で、ここからはおれの想像だ」
迅は拗ねたような顔をした。曰く、修がタイムリープすることはあらかじめ決まっていたのではないか。言い方を変えると、今あるこの「現在」は、修があの眼鏡を使って過去の遊真に干渉した結果導かれた状況ではないか。
つまり、修が体験したタイムリープは、それにより過去や現在を変えられるものではなかったということだ。
「まあ、視えなかったから期待はしてなかったけどさ」
「……期待」
迅の表情に修は目を瞠る。そうか、迅こそ過去を変えたい一人なのだと、今さらながら思い至る。
ボーダーには他にも過去へ干渉したい人物がそれこそ山のようにいるだろう。ボーダーならずとも、過去の失敗をやり直したかったり、過去の選択をやり直したいと考える者は、おそらく人の数と同じだけいる。
「メガネくんのあれは、意味がなかったから過去に行けたのかも……なんてな。おっと、実力派エリートのおれとしたことがつい弱音を」
迅は肩をすくめて見せた。話は終わったと言わんばかりに修へ背を向け、ぼんち揚げを齧り出す。
だが修は迅の腕を引いた。
意味がなかったんじゃない、逆だ。意味があるから、修は必ず行かなければならなかったのだ。
修の姿を見たから遊真は瀕死ですんだ。死ななかった。トリオン体となってこの玄界へ辿り着き、修や迅やその他多くの人と出会って、多くの人に濃く影響を与えている。例えば修は遊真がいるから夢を目標に昇格させることができた。千佳もそうだ。
「迅さん。この世界が、ぼくとあいつが出会うためにあると思うのは、思い上がりでしょうか」
「んー……そうだな、極論として、あながち間違いでもないかもな」
「そうですか」
修は迅から例の眼鏡を取り上げた。迅はもともと修へ渡すつもりだったらしく、あっさり「いいぞ、壊して」と言った。
「壊しはしません。誰か、必要な人のところに流れ着くでしょうから」
眼鏡は川へ投げられる。玉狛支部の真下を通り、あっという間に沈んで見えなくなる。そのまま川底へ引っかかるか、いつか大海原へ流れ込むか。眼鏡の未来はさすがの迅にも見通せない。
修は屋上を先に辞した。その足でいそいそと遊真の待っている部屋へ向かう。
ぼんち揚げを齧る迅が「ごめん、メガネくん……あられもないところを視てしまった……」と落ち込む姿は、幸いにしてどこにも映らなかった。
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