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夕 凪 大 地

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「淡恋」

こんなタイトルで5なんですよ。
本当、こういうタイトルでどうして坊ルクを書かないんだ私。

どうでもいいけど小小話のタイトルは真面目に考えたためしがないので1分以内に決まります。

ねぎかいマスターへの道は遠いですね~。
(だってあの身長差でどうやってナニしろと←…)




 そっとカイルの白布を手繰る。
 直接さわるには、まだ彼が怖い。

「……行ってきます」

「いってらっしゃい、王子」

 カイルは優しく笑って言った。
 やっぱり好きだと心底思った。

 ――嫌われるのが怖くて、カイルの瞳を見返せなかった。



 臆病な僕に呆れた様子で、ログがばしんと背中を叩いた。今回のパーティーメンバーだ。僕はその腹に肘鉄を食らわし、ログの絞め技で仕返しを食らう。ギブギブ、と僕は首に絡まるごつい腕を軽く叩いた。また僕の負けだ。ログが野太く笑うのにつられ、僕もちょっぴり笑いたくなった。
 僕はある程度信のおける相手になら自分から接触を求める癖がある。癖というより気質だろうか。どうも僕の家族は皆触れたがりなところがあるのだ。僕も例に漏れずということなのだろう。

 だからリムのように、その気になれば無邪気なふりを装ってカイルに抱きつくのもできないわけではない。

 嘘だ。無理。ほんとはできない。

 緊張してるのがばれてしまう。身が恍惚に竦むのを悟られてしまう。そしたら今のぬくい関係じゃいられなくなる。
 カイルはどこへでも漂う雲で、僕はファレナに繋がれた船だ。僕にはカイルがここへ留まってくれるのを祈るしかなくて、そのためには立派な王子になってカイルに守りたいと思わせなければならない。
 ――やってみせるけれど。別にカイルのためだけじゃなくてファレナのためでもあるんだし。そもそも僕はいざとなったらカイルよりファレナを選ぶ自信がある。僕は何よりもまず王子であるのだ。



「……カイル」

 ログとじゃれる僕を見送ってくれていたカイルに、僕は地下へ続く階段の手摺りへ体重を乗せたまま一歩も降りずに呼びかけた。先ゆくログも足を止める。僕はちょっとも振り向かず、カイルがこちらへ近づくのを待つ。
「はい? どうしました?」
 カイルはしばらく怪訝な声音をしていたが、ややしてゆっくりこちらへ歩み寄ってきた。無駄のない静かな足音だ。どこか忍びにも通ずるその密やかな気配と対照的に賑やかな容貌。そしてあっけらかんとした雰囲気の裏に匂う寥々としたうら寂しさ。カイルを構成するひとつひとつが、僕の惑いを助長する。
 僕の二段下に立ち止まって僕を窺うログが眉毛をしょぼんと下げていた。……ああ、僕の表情か。僕はそんなにひどい顔をしているのか。ログにまで心配されるようじゃ重症だ。
 カイルは僕へ近寄りながら、あ、と明るく呟いた。
「大丈夫ですよー! 王子がお留守の間はちゃーんとこの城のみんなを守りますからね! 安心して、行ってきて下さい。王子」
 そういうつもりじゃ、ないんだけれど。じゃあ何で呼び止めたかと尋ねられたら答えられない。
「……頼む」
「ホントに大丈夫ですよ? 何たって女王騎士です、守るのは得意中の得意ですから!」
「そう、だね」
 僕は無難な相槌を打つ。しかしうまく取り繕えない。
「……王子? どうしました?」
 やはり、カイルは不審も露わに問うてきた。声は耳元まで近づいていて、振り返らずともカイルが僕のすぐ後ろへ控えていることがわかる。顔を見られたらおしまいだ。こんなみっともない……王子らしくない表情。僕はぎゅうっと瞼を閉ざす。

 ――と、僕の体が後方へ強く押し倒された。

 次には僕を支える体躯。
 ふわりと重なる絹の振袖。見開いた先へ金色の線がすうときらめく。不自然に傾いた天井が映り、僕は自分の姿勢をやっと認めた。
 僕はカイルへ抱きとめられていた。
「王子、大丈夫ですか!?」
「え」
「階段を踏み外すなんて、昨日の疲れがまだ取れてないんでしょう。あんまり無理しちゃだめですよ」
 カイルは脇の下へ通した両手を僕の胸元で組んだ。こつん、頭に顎の当たる感触がする。僕の顔面がいきなりぼうっと熱く猛った。松明の火をかざされたみたいだ。
 昔懐かしい感触がする。そう、昔はこうして屈託なくカイルと戯れたりもした。あの時と同じ抱擁だ。違うのは僕の捉え方ひとつで、今の僕はどうしようもないくらい緊張し、またとどめようなく歓喜してもいる。
 ログがこっそり親指を立て、僕はことの成り行きを悟った。まったく、単細胞でお節介な船乗りだ。
「……痩せましたね」
 僕を未だに抱きとめながら、カイルは残念そうに囁いてきた。腕の力がちょっと強まる。
「そんなこと」
「ありますよー。王子を何年見続けてきたと思ってるんですか」
「そうかな」
「ちゃんと宿屋では良いご飯を食べるんですよ? 節約しなくても、王子がたくさん魔物を倒せばお金はすぐ手に入るんですからね」
「僕が稼ぐんだ?」
「お供しますよ」
 茶目っ気たっぷりにカイルが笑う。僕は久しぶりにむくれるふりをした。ついでに生来の気質が顔を出し、背中をべたりとカイルへ預けきってしまう。
 きっとこんなチャンスはもう来ないから。笑っていられる今のうちに。
 そして僕は、ファレナの平定をことさらに固く決意した。


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