「如春待花」の対です。
あー、微妙。
あんだけ暗い声はそうそう出せるもんじゃないとリスペクトしている石榴石鴉(って書くと何かすごい商品名みたいですが)のタイトルにあやかって書いた「待」は、ほんと今日はナル発言満開ですが、ほんのちょっとだけ気に入っていたりします。
で、ぼつんバージョン「追」も書いてみました。
微妙でしたすいません。
何がつらいってもちろん読者様に対してもだけど自分自身がいい対をかけなかったことがいちばんつらいです。
ほんとナルだなお前、確実に丸アの影響だな!
足を踏みしめ、願っている。
彼の待つ家へ向かう電車はとうに動きを滞らせた。タクシー乗り場は週末だからかうんざりするほど長蛇の列だ。後ろの男ががなり立てる酔った鼻歌、ここまで漂う安酒の臭気。すべてが渾然一体となってアスフェルの帰りを遅らせる。
早く、会いたいのに。
夜は冷えるから抱きしめて。彼の大好きな紅茶を淹れて。休みの朝を味わうように明ける日輪をふたりでベランダに拝し、彼の喜ぶ麗らかな陽の下、彼の猫毛をいつまでも撫でて。
そんな、しあわせを具現化したような、満ち足りる幸いをただ彼のために。
気づけば列を逸れていた。
歩いた方が早いだなんて今どき幼稚園児でも思わない。急げば努力が報われるなんていくら馬鹿でも馬鹿げたオチだ。だけれど車で通り慣れた道、夜間は静かなビル街を抜けて、ひたすら彼のもとへと歩く。
だって、アスフェルの足元へ吹き溜まる風が告げたのだ。
……さむい、と。
規則正しい街灯が並ぶ幹線道路の歩道は広い。ところどころにシュレッダーで切り裂かれた紙屑ばかりのゴミ袋が積まれているのは深夜に収集されるのだろう。――いや、今がもう深夜か。そのうち収集車が横を通り過ぎるのかもしれない。
追い抜かされる様子を推して、あまりの格好悪さに反吐が出た。やはりじっと待っていれば良かったのだ。もう三十分も粘ればタクシーに乗れただろうし、酒臭い誰かと相乗りしても構わなかった。
だがこの道を歩いていれば五分後にも客を送ったタクシーと行き会うかもしれない。その方がずっと早く戻れる。早く彼に会いたい。早く、彼の待つもとへ。
寒風厳しく襟元へ入り、掻き合わす胸はただ彼を想う。
どうかひとりで泣かないで。ひとりで抱え込まないで。ふたりは別だと割り切らないで、自分ばかりを否定しないで。
アスフェルが彼へ望むことはきわめて多い。愛してやりたい、愛しんでやりたい。アスフェルはあらゆることを彼に願っている。それが少なからず彼の負担になっているとはもちろん何度も考えた。でも欲求を止められない。易々と抑えこめるような代物ではない。
アスフェルはきっと愛しすぎているのだ。
依存は無様だと思う。彼はなおさらそうだろう。だがそんな見栄は何になる? どうやって生きる価値を他に見出す? 彼なしで生きられないならそれでいい、もっと彼だけのために命を費やしきってしまいたい。俺はどうやって、今までひとりで歩くことに耐えられたんだろうか。
長考の間、アスフェルはずっと走り続けていた。走っていると自覚はなかった。息が切れる。靴底が痛む。止まってはならないことだけやたら鮮明に脳裏へ響いて、アスフェルはただまっすぐに走った。
東の空に細い三日月。夜明けとともに空へ溶けゆく、二十七日目の白い月。
(月が孤独を感じないのは。――たくさんの星が、ともに光るから)
アスフェルはなおも足を速めた。
ネクタイを指で乱暴に緩め、汗ばむ額を袖で拭き。足音は高く闇にこだまし、手の甲と指先だけが異様に冷たい。
彼の呆れ返った笑顔が、アスフェルひとりに向けられることを……願っている。
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