あーまたやってしもたー!
個人的に(ってこのサイト丸ごと個人的趣味しかございませんが)ものすごく大好きなパラレル2兄弟、テッドとキキョウ。
この2人だと確実にネタが重くなるのは愛ですよ愛!
すいません無意味に重いですんで、何かもうすいません。
私、こんな関係の2人が好きなんです。←反省どころか
テッドが背中を拭ってやるのはもう何度目になるのかなんて、とっくのとうに数え飽きた。擦り傷、切り傷、引っかき傷、たまに噛み跡、ベルトや鞭の跡。こいつはどーしていっつもこーなんだ、と苛立ったのは最初の頃で、今は拒絶を知らないこの子が哀れで惨めで愛しくてならない。
――もちろん、兄弟愛である。
「…ぃ、ッ」
消毒液が沁みるのだろう。上半身を脱ぎ自室のベッドでうつ伏せになるキキョウが枕へ押しつけた口からかすかにくぐもった声を出す。そんな声さえ、どうにかすると淫らに艶めいて聞こえるのだからタチが悪い。
どーしてこいつは、と今は憤りが胸に湧く。どーしてこいつは、こんなに哀れな生き方しかできねんだ。
「もうちょっとで終わるから、我慢な」
「…がまん」
「ん?」
「…がまん」
「いや、痛かったらすぐ言えよ。って言わねぇとお前いつまでも我慢すっだろ。……わり、俺が分かりにくい言い方したな」
キキョウ相手に会話するのは実はけっこう難しい。テッドが我慢と言ったのは沁みるけど許してくれなという気遣いであった。それがキキョウには痛みに堪えろという純粋な命令文で届いてしまう。ホットミルクでいう白い膜、新品の電化製品なんかについてる保護フィルム、どっちもオツな例えじゃないが、つまりキキョウは、事物のごくごく表層である、捨てて初めて本質が顔を覗かせるはずの部分までしか言語的理解が及ばない。
どーしてこいつは、こうなんだ。
暗い室内で手探りに勉強机の上をまさぐって、かつんと指先の当たる薬箱から、新しい消毒液とガーゼを数枚取り出した。こんだけ使いまくっていたら、さすがにじいちゃんも気づいちまうんではなかろうか。そうなる前に使った分を補充しといてやらねばと思う。まぁ、じいちゃんなら気づくときは何をどう隠したって気づいてしまうだろうけど。
キキョウの部屋はめったに明かりをつけなくて、今もやはり窓の外から差す月明かりならぬ街灯の明かりしか光源のない室内は、梅雨明けとは思えぬくらい、いっそ不幸と述べて差し支えないまでにじめじめと薄暗かった。
なぜキキョウが部屋の電気をつけたがらないのか、テッドに理由はわからない。わかるとすれば、こいつは暗闇を怖れていないということだけだ。むしろ暗闇に安堵している節がある。
――ああ、そういうことか。
何がそういうことか分からぬままテッドはふいに納得し、今日はえらく執拗に切り刻まれたキキョウの背中を処置し終わった。一つ一つは浅い傷だが何せ量がハンパない。しかも、規則正しく縦横交互。十字架をいくつも描いたよう。
「カッターナイフか」
「…ん」
「そか、お前にゃ見えてねぇもんな」
「…うん」
いじめ、ではない。リンチと偏執な欲望が混ざった、異常な片思いと呼ぶべきだ。こいつは正面に立つ人間をすべて虜にしてしまう。意図的ではない。そういう見た目、声、姿勢、性質を持っているのだ。要するに生まれつき。生まれつき、不憫なのだ。
もちろんテッドとて遺伝子如何ですべてを決めつけてしまうほど愚かではない。キキョウの性質には幼少時の生育環境が大きく影を落としてもいる。だがそこも含めて、生まれつき。キキョウが選べなかった持ち物だ。
だって、じゃなかったらわずか九歳で週に一度はこんな目に合っているなんて、きっと今まではもっとひどかったはずで、テッドがこうして治療してやる偶然が訪れる前はずっと独りで耐えてきて、否、本人には耐えている自覚さえなかったようで。
こいつはどーして、こんなに。
「あのさ、キキョウ」
「…はい」
だけどテッドには、キキョウを守ってやるなんて大それたこと、到底口にできやしない。たかだか高校生に為せることはそう多くないという現実を、テッドは無気力に虚しいまでに理解している。適度な範囲で努力する、言い換えれば適度なところで手を引く癖がテッドには染みついている。
まずは自らが成長せねば、キキョウのことも他の誰をも、大事に思ってなどやれないのだ。
テッドは虚無を噛み締めた。
「俺は、お前の、兄ちゃんだかんな」
「…うん」
「家族だ」
「…うん」
「兄弟だぞ」
「…うん」
だから何だっつうんだ。自分で言ってて馬鹿らしい。
だけどキキョウは枕に埋めた顔を起こした。そしたら背中が引き攣れて、眉間にくしゃっと皺が寄る。いたい、と唇だけ動いたのをテッドはテッドの辛苦に感じた。俺も痛い。お前が愛しい。お前に、こういう慈しみ方があるってことを教えてやりたい。人は皆お前を傷つける存在じゃない。お前の意志を踏みにじるヤツらばっかりじゃない。
なのにどーしてこいつは、こんなに!
「…テドに」
キキョウは一言、囁いた。言いたいことはその青い目でよく分かる。なれどキキョウは自ら発す言葉を持たず、テッドもまた、単にことばそのものを教えても意味がないと知っている。こいつは辞書を暗記している。単語の意味も品詞も活用も例文も慣用句故事成語古典から現代の名文まで一揃い。知識はあるのだ。知っているけど使えないのだ。
テッドはキキョウの背中を撫ぜた。できるだけ注意深く、傷に障らないよう触れる。ともすれば傷口を抉りたい衝動。キキョウへの恨みではなく、キキョウをどうしてやれもしないテッド自身の未熟さゆえだ。テッドは本当は暗闇が怖い。テッドの部屋は昼でも電気が点いている。キキョウを癒してやるには、キキョウがこうまでひどくなかったとしても、今のテッドには誰かへ気持ちを振り向けることそのものが不可能なのだ。だからできない。
できない、と諦めてしまっている。
テッドは窓の外を見た。暗い室内の暗がりを見た。そこに光があることを、今こそ痛烈に渾身で願う。
――目映い、光を。
光を探した。
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