某様へ、もいっちょノリ返してみます。
×じゃなくて+がイイ!
なにって
蔵飛
飛影がどさりと座り込むのへ、蔵馬は適度な距離を保って同じく柵へ凭れかかった。身長差はさらに広がって、立ったままの蔵馬からは飛影のつんつんした黒髪と片膝を折った足しか見えない。飛影が後頭部へ上げた両手を組んだので、がしゃん、と鉄線の柵がたわんだ。
「……変わりましたね」
蔵馬は瞠目した。その仕草、思わず溜息が漏れる。他人の前で両手を塞ぐなど剣使いの彼にとってはある種の自殺行為に等しい。それを平然とやってのけたのは、両手の束縛すら何らの不利にもならないほど彼の力量が高まったものか、あるいは陳腐な感傷か。蔵馬には後者と思えてならない。
「この距離ならオレが速いさ。植物の武器化にかかる秒よりな」
「幽助の影響」
ぴくりと飛影の片眉がはねる。
「――とは、認めないわけですね」
今の動作が何よりの証拠だ。だが蔵馬はあっさり飛影の糾弾を止め、屋上の、コンクリートが敷き詰められた空間をひたと見る。
先日のことだ。蔵馬たちがようやく幽助の元へ駆けつけた時、幽助はすでに、朱雀という名の妖怪を打ち倒すことに成功していた。しかしこの時、この直前、幽助の敗北を予測の一つめに置いていたのは、実のところ唯一蔵馬のみである。桑原はともかく飛影までもが、彼の敵に勝利することを確信していたのであった。もちろん蔵馬とて幽助が負けるとは思いたくない。けれど、冷静に状況を分析した上で最悪の事態を常に念頭へ置く蔵馬には、大いにあり得る仮定を無視することがどうしてもできなかったのだ。
飛影の不満げな反論が蔵馬の視野をコンクリへ戻した。
「あいつの影響じゃない。オレが強くなったんだ」
「もういいじゃないですか。根に持たないで下さいよ」
「気にしてなどない!」
飛影は本当に単純だ。その発言は幽助をただの好敵手でないと宣言したも同然だろう。
「……ぷ」
「何を笑う!」
「あは、はははは……っ」
「キサマ!!」
剣を抜く素振りだけ示す飛影。殺気がないから抜かないことは嫌でも分かる。もし仮に抜いたとしても、組んだままの両手が災いして蔵馬の避ける方が早いだろう。そのために空けたこの距離だ。蔵馬は笑いながらごく冷静に読んでいる。
ところが、冷静に判ずる蔵馬自身の向こう側、そもそも飛影が無意味に蔵馬を斬るはずがないと根拠なく信じる自分が見えるではないか。
「はは、っ、貴方を馬鹿にしたつもりじゃないんですよ、本当に」
笑うのなんて久しぶりすぎて、どうも息がうまく継げない。柵はがしゃがしゃ音を鳴らす。中学生の部活だろうか、ホイッスルが時折聞こえ、混ざって鳶の影が頭上につとよぎり、のどかな屋上。乾いた晴天。魔界では経験したことのない穏やかで平和的な関係の一端だ。はぁ、と小さく、蔵馬は笑い終えた息を吐く。
「……変わったのは、オレだけじゃないさ」
間隙へ、静かに落とされた飛影の呟きだった。
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